以下のものが含まれます。
- 架空の嫌なお偉いさん
- 性行為の強要と性暴力
- 恋愛感情を伴わない性行為
実りのない行為
思わず「は?」と声を出しそうになったシライは、隣に立つゴローの揺らぎもしない気配に気を引き締めた。
多目的室に机椅子を並べるのではない常設の会議室というものは巻戻士本部にも存在したが、地下にある都合、太陽光はどうしたって入らない。大きな窓から差し込むうららかな日差しが場違いに思えるほど、会議室の空気は重苦しかった。
部屋の中央に据えられた広々とした会議用テーブル。臨席しているのはテーブルを囲む椅子の半数以下、たったの五人だ。
巻戻士本部にはゴローより上の立場の人間というものは存在せず、リトライアイの研究という名目で数値のモニタリングをされることはあっても、こうも不躾な視線を浴びることはない。刀は部屋に入る前に預けさせられた。シライにとって無い無い尽くしの環境で、ゴローが隣にいることは心の支えであり、シライが組織人でいるための艫綱でもあった。
特級巻戻士に与えられる権限の強さ。シライとしては現場に出られるだけで満足だったが、組織の一部である都合、巻戻士の階級は時空警察の階層とも連動していて、安穏と構えてはいられないのが現状だ。そんなに警戒するなら最初から別にしておけば世話もないだろうに、というのがゴローから呼び出しを聞かされたときのシライの本音だった。
ゴローがシライの手綱を握れているかを確かめたい――目の前の人間が言ったのは、平たく言えばそういうことだった。対するゴローが出した案は模擬戦闘。もしシライが裏切ったとしても単独で制圧できるところを見せて、安全を保証しようというものだ。
一人では何も決められないのか、テーブルを囲んだお偉方は、互いに耳打ちと目配せを交わし合っている。時空警察が初めての就職先であるシライは、明確な上下関係のある組織に属すること自体が初めてだったが、その様子を見て、自分の上司がゴローでよかったと思った。
やがて中央の議長席に座った人間がゴローに向き合い、わざとらしく首を振った。
「我々はそんな大層なことをしてほしいわけじゃないんですよ。ゴロー隊長、あなたの日々の指示に、彼が従うということを証明してほしいだけです。あなたほど彼の人柄を知らないのでね。何か彼が嫌がるようなことをさせられませんか?」
人を人とも思わない相手の要求に対し、ゴローは「はい」とも「いいえ」とも言わなかった。相手はゴローを見つめながら、テーブルの上で組んだ指をゆっくりトントンと動かした。シライの信用と言いつつ、相手はゴローが従うかを見ているのだ。
ここで自分が口を開くのは悪手か。
シライは部屋に入って以降、自分のことを一瞥もしないゴローの様子を探った。肌に触れるのは迷っている様子も苛立っている様子もない、いつも通りの凪いだ気配だ。
「隊長殿は先ごろ見合い話を断ったらしいじゃないか。そっちの彼が理由か?」
手前の席から声が上がり、ゴローがそちらに目を向ける。シライは視界を広く取ったまま前を見続けていたが、ゴローの見合い話というのは初耳だった。ゴローに限らず、巻戻士は戸籍に関わる話をしない。配偶者の有無はもちろん、シライはゴローから親兄弟の話すら聞いたことがなかった。
「わたしとシライはそういった関係ではありません」
「なら話は簡単だ」
相手の独り合点と思ったのはシライだけらしい。
居並ぶ面々が一様に、失笑とも嘲笑ともつかない奇妙な表情を浮かべる。ゴローの纏う空気がひりついたのがシライとしては一番の気がかりで、説明が欲しいと思う前に、ゴローがシライに向き直った。
「シライ。今からここで、おれとおまえでセックスをする」
「おい隊長!」
「大人しくしろ」
「自分が何してるのか分かってんのか! 嫌に決まってんだろ!」
「だから意味がある」
カーペットの敷かれた床にうつぶせに押し付けられたシライは、ゴローの行動にショックを受けていた。たやすく抵抗を封じられた悔しさは二の次だ。
「失礼します」
感情を感じさせない声と共にドアが開く。中央のテーブルについたお偉方とは別、シライの目には役割不明の配置だった人間が、ゴローが行動を起こす前に部屋を出たことは知っていた。この状況で戻ってくるのかよ、と信じられない思いでいるシライの目の端で、ゴローに向かって紙袋が差し出される。
「お使いください」
「……そこに置いてもらえるか。今は手が塞がっている」
「お開けしましょうか?」
「いや、いい。こちらでする。きみは下がってくれ」
きみなんて言う柄じゃねぇだろ、と思ったことがゴローに伝わったのか、シライの腕をねじ上げる力が強くなる。意地でも声を上げまいと、シライはぐっと奥歯を噛んだ。
「説明が足りないまま進めてすまないな。これはおまえが巻戻士を続けるために必要なことだ」
「冗談だろ……っ」
「おれの冗談はいつもそんなにつまらないか?」
「隊長の冗談なんか一度も聞いたことねぇよ!」
「そういうことだ」
床を汚さないように敷かれたゴローの上着を気遣う余裕は既になかった。
会議用テーブルに上半身を乗り上げさせたシライは、前方から鬱陶しいくらいに向けられている視線を振り払い、自分の後ろを解しているゴローを振り返った。動いたせいで垂れ落ちたローションが太腿を伝い、ぞわりとした感覚が駆け上ってくる。
「もういいだろ……っ」
お偉方から承認を得られたセックスの定義は「挿入を伴う性行為」で、達成の条件として「最低一度ずつの射精」が提示された。片方だけが気持ちいいのはただのレイプだと言われても、強要された性行為でその言説が通るという認識自体が間違っている。
「まだだ。傷が残れば任務に支障が出る」
「ケツにチンポが入る時点で支障が出てんだよ!」
「休暇を調整する。堪えてくれ」
「クソッ……!」
差し込まれたゴローの指に肛門をぐっと押し広げられる。
指だけのはずなのに、拳ごと入れられているかのようなひどい圧迫感だった。周辺が濡れているせいでやたらと空気の動きを意識させられる。何かに縋ろうにもだだっ広いテーブルのどこにも手を掛けられる場所はなく、シライはやり場のない拳を握りしめた。
演出も何もない、素人のセックスなんか見ていても退屈なだけだろうに、バカどもは雁首並べて鑑賞中。どちらの役割をするのも嫌だったが、ゴロー相手に勃起するというのがまず無理だ。
シライはゴローがどれほど巻戻士という組織を大切にしているかを知ってるし、シライにとっても大切な居場所だ。今ここを失えば、あの三人と再会する機会も失われるかもしれない、という危惧もある。それでも、何もかもがめちゃくちゃなこの場で、ゴローの組織維持にかける情熱はシライにすら不気味に感じられた。
シライは木の匂いがする、なのに安らぎなど微塵も感じないテーブルに額を押し付けた。
「……挿入ってんなら口でもいいだろ」
思いつきを口にする。自分の尻の穴を解す感覚ばかりが目立つ、耐えがたい沈黙だった。
「さっきも言ったが、お前が構わないと言うならやる意義がなくなる。黙っていろ」
「有意義な交接に関するご高説をどーも」
気を紛らわせる術も奪われて、シライは深々と溜め息をついた。磨き上げられたテーブルの表面が自分の吐息で曇る。握った拳を叩きつけたかったが、一度怒りを物にぶつけたが最後歯止めが効かなくなる予感がして、シライはギリギリと奥歯を噛み締めた。
この場で勃起できる胆力は賞賛に値する。
喉まで出掛かっていた当てこすりは不発に終わった。自分の目には決して映らない、けれども実存の主張が激しすぎて目の前にあるような気すらするゴローの陰茎に、シライは息を詰めていた。
押し付けられていたものが、ずりずりと内側に侵入してくる。いっそ痛ければいいのに、悪趣味な公演にお偉方が小休憩を挟んだほどに丁寧に解されたおかげで、デカすぎるうんこが停滞している程度の違和感しかなかった。
「く……ぐっ……ふっ……っ」
「シライ、歯を痛める。食いしばるな」
「じゃあ猿轡でも――いや、いい」
本当にハンカチでも差し出されそうでシライは自ら切り上げた。仏頂面で懐からハンカチを出してくるところを鮮明に想像できるのは、ドレスコードがある任務のためにポケットチーフの折り方を教わったばかりだからだ。
シライは入れていた顎の力を抜いた。意識を逸らした分だけ力が抜けて、その分だけゴローの体温が入り込んでくる。人体の仕組み上、異物を排除しようと動くと逆に開いてしまうらしく、一方通行のはずの直腸内をずりずりと遡られる感覚にシライは呻いた。
「デカすぎっ、んだろ……っ」
「すまない。なるべく早く済ませる」
言うが早いか、腰を掴まれ引き寄せられる。
「っ、おいっ! ぐ……ッ」
何が起きたのか分からない。理解を拒むとか拒まないとか以前に、思考が衝撃に追いついていない。
目を見開いたシライは、ねっとりと張り付いてくる視線が群れる方を意地でも見るまいとして、テーブルの木目に集中する。ここでゴローを罵倒してもゴローの負担が増えるだけで事態は何一つ改善しない。何か意味があるはずという考えと、意味なんかあってたまるかという考えに挟まれ揺さぶられ、打開策を編み出そうにも思考がまとまらない。
「ゴロー隊長、シライくんの顔が見たいんだが、できるかね?」
「は」
シライに声を掛けるときの断言口調とは異なる、戸惑いの隠しきれないゴローの声。それに珍しいなどという暢気な感想を抱く余裕はシライにはなく、続く言葉でさらに腸が煮えくり返ることになる。
「見たところ大人しく従っているようだが、これが演技だと困るだろう」
演技だったら何が困るんだよ。本当は隊長にハメられて嬉しいのに、目的達成のために嫌がるフリしてるって?
憤りと不快感。ろくに頭が働かないガンガンと耳鳴りがする中で、せめて状況だけでも把握し続けるために耳をそばだてている。その耳を、両側から叩かれたようなものだった。
「ゴロー隊長はご存知かと思いますが、シライ特級巻戻士のためにご説明を。この部屋にカメラやマイクに類するものはありません。書記を用意しているのもそのためです。あなたがどのような様態を見せたとて、他所に情報が漏れる不安はないということです」
「隊ちょ――」
「顔を上げろ、シライ」
おれの体のことだし、これくらいおれに選ぶ権利があるだろうと思ったシライの声は、毅然としたゴローの声で上書きされた。
顔を上げるよりも先にご丁寧に顎下に手を添えられる。いっそ髪でも掴めよという不服さを込めて斜め後ろを睨もうとするが、がちりとつかまれた顎はまったく動かせない。
「これはまた嫌そうな」
笑いを含んだ声で言われたシライは、衝動的に口から飛び出しそうな罵倒を飲んで、久しぶりに視界に収めた並み居るお偉方の顔を見る。覚えたとて役に立たない情報だ。廊下ですれ違って会釈するような愛想のよさをシライは備えていないし、今回の件があったからといって対応は変わらない。
自分の体内という未だかつてない至近距離で接しているというのに、ゴローの感情は全く読めない。顔が見えないからどう、という問題ではなかった。
セックスで仲が深まるってのは与太話なんだろうな、とシライは投げやりに考えた。
- 投稿日:2025年5月17日
- 🌝さんのこちらの投稿(2024年7月3日)に触発されて書き始めたネタなのですが、その後発売の本誌の老隊長登場により、日増しにゴローはシライにこういうことさせないだろうな……という思いが大きくなり書けなくなってしまいました。もったいないので公開します。