ひなべさんの闇鍋娼館パロ妄想(こちらこちら)をベースにして書いた小説です。
以下のものが含まれます。

  • ひなべさんの設定との齟齬
  • モブ客視点のフレーバーテキスト(前段)
  • 原作キャラクターによる売春の示唆(前段・中段)
  • ゴロー×シライの肉体関係の示唆(中段)
  • アカバからシライへの片思い(後段)
明確に書いていませんが、シライは新人の研修として年下キャラを全員一度は抱いているという設定があります。

娼館パラレル

 重厚に見えるその扉の重さを、店を訪れる客は誰一人として知らなかった。
 アーチ状になったポーチをくぐれば、扉はひとりでに開くのだ。
 娼館街は昼間に来るものではない。とっぷり暮れた空の下、闇は随所から這い出すようで、扉が開いて光を見た瞬間に、元来た道を帰るという選択肢はなくなってしまう。ましてや酔った勢いで連れ立ってきた仲間がいるのだ。たとえ場にいる全員が帰りたいと思っていたって、口に出す者は誰もいない。
 両開きの扉を抜けた先に広がっているのは、今しがた通ってきた街の猥雑さを忘れる別世界だ。
 シャンデリアの光を柔らかく跳ね返す、木材がふんだんに使われた蜜色に艶めく壁面。掛けられた絵画には、どことも知れぬ穏やかな景色が描かれている。壁際の小机に飾られた花は生き生きとして、ふわりと漂う瑞々しい香りに気を取られすぎなければ、灯されたキャンドルから全く匂いがしないことに気付けるかもしれない。
 客として訪れた場所ながら、己が身に場違いさを感じ、心細さを覚えながら連れと顔を見合わせたところで、救いの手を差し伸べるように声が掛かる。
 レセプションカウンターに肘をつき、にこやかとは言えない眼差しを向ける男が一人。男は目が合えばニッと笑んだが、どこか不安を煽る表情だ。その表情のまま、相手の希望を尋ねてくる。剣呑な雰囲気を崩さずに言われる「おれでもいいけど」という冗談は、笑うに笑えない。
 回り階段から聞こえてくる足音。現れた顔ぶれの触れ込み通りの年若さ。背格好がまちまちで、どこかしらに共通点がある服を纏った様子は、お仕着せの服を着て礼拝の手伝いをする子供を思わせる。娼に見えないという印象を受けるのは、それを売りにしている店としては願ってもないことだろう。
 手を取り案内された部屋にはベッドが一台置いてある。家具も少し。エントランスとは打って変わって、家庭的な温かさすら感じる空間だ。そのことに触れれば、ここで暮らしているのだという答えが返ってくる。遊びに来てもらえて嬉しい、と、口説き文句としては幼い、けれども店の方針を思えば効果的な一言。解かれようとした手を掴み直す。抵抗することなく恭順を示す姿勢に、相手の一夜を買ったことを強く意識する。
 意識の変化を見越したように合わせられる目。滑らかに告げられるルール。擦り寄せられる体。
 複雑そうに見える割に、衣服は脱がせやすい造りをしていた。


   ◇


「シライ」
 話が終わって戻ろうとするシライを、ゴローは呼び止めた。肩越しに振り返ったシライの顔は平然としていて、ゴローの懸念が取り越し苦労であるように思えた。
「やけに着込んでいるな。首をどうかしたか」
 それでも、ゴローが尋ねるのをやめなかったのは、過去の失敗があるからだ。
「どうもしねぇよ」
 長引く話だと思ったか、行きかけていたシライは体ごと向き直る。店からの支給品である黒のウエストコートに織り出された模様は、客が足を踏み入れないエリアのやや暗い照明の下ではほとんど目に映らない。
 食事と睡眠を十分に摂らせたことがよかったのか、それともただのタイミングか、シライは娼館に来てからみるみるうちに成長した。身長の伸びはゴローの目の高さに届く前に止まったものの、今では用心棒を兼ねて留守を預かるのに十分な体格を有している。拾った当初から身につけていた剣術も、表舞台に出ないのが惜しいほどの腕前だ。
 拾ったばかりのシライはゴローのことを視線だけを上げて睨めつけるように見てきていたが、今は顔ごと向けるようになっている。身長差が縮まった今こそ目だけを上げても事足りるだろうに、年少者たちと話すために背を屈めることが増えた影響か、シライはゴローに対してもそうするのが癖になっていた。
 ゴローの視線を確かめるように、シライは蝶ネクタイを結んだ襟元に手をやった。蝶ネクタイの結び目の下に指を潜らせシャツのボタンに触れると、ひょいと眉を上げる。
「上まで留めろっつったのは隊長だろ。褒められんなら分かるけど、小言を言われる謂れはねぇな」
 尖らせた唇に垂らされる不満。シライが言う通りに褒められたくてやったと解釈しようにも、日頃の態度が枷になる。出会って十一年、シライの生活態度についてゴローが注意を欠かしたことはなく、心を改めたと考えるには遅すぎた。
 コツ、と革靴の踵が床を叩く。
 音を立てずに歩けるくせに、これ見よがしの優雅さで距離を詰めたシライがゴローを見上げる。
「そんなに気になるなら脱がせて確かめるか?」
 肩に乗せられる手の重みの程よさ。シライの運動能力は天性のもので、ゴローが舌を巻くほどに体の扱い方が上手い。シライがゴローの顔を覗き込むのはゴローの方が背が高いせいだったが、ゴローはシライが自分より背丈の低い者を相手にしても、違和感なくその感覚を与えられることを知っている。
 ゴローの行動を促すために上がる顎。
 眉間の皺を深めながら、ゴローはシライの蝶ネクタイに手を掛ける。十中八九何もないのだ。そう分かっているのにシライが軽口の一つも叩かずに黙って待っているのが不気味で、手のひらに嫌な汗が滲む。シライの顔を見られないのは揶揄いを受けたくないからではない。
 ボタンを外して晒させた首筋には、ゴローが想像したような跡はなかった。
 安堵をシライに悟られないようにしたくとも、脱がせた目的が明白であったために、詰めていた息は行き場を失う。ゴローの代わりに息を吐くように笑ったシライは、ゴローの胸を拳で軽く叩いた。
「まだ気にしてんのかよ、隊長。大昔の話じゃねーか」
 シライの初めての客として、ゴロー自ら選んだ客が、シライのことを乱暴に扱った。シライが言う通り昔の話だ。
 店で働く誰からも苦情を聞いたことがない、金の出どころも確かな馴染みの客だったから任せたのだ。初仕事を終えたシライが平然としていて、その後に継続された指名を断らずに受けていたから発覚が遅れた。路地裏で拾った子供に、楽しいことだけして暮らせるとは思っていないと言われては、ゴローは言い訳のしようがない。事実、程度の差はあれど苦役には違いないのだ。
「クロノがアカバに言ってたんだよ、ちゃんと着ろって。その流れでおれのことを見やがんの」
 種明かしをするように言ったシライは、蝶ネクタイを結び直そうとするゴローの手に自分の手を重ねた。
「全部調べなくていいのか? 備品のチェックは大事だろ?」
「……おまえはもう物事の良し悪しが分かるはずだ」
「おかげさまで。でも長らくご無沙汰で我流になってっから、ここらでもう一回基準を見直すのもいいだろ」
「おれのやり方にこだわる必要はない。おまえが心地いいやり方を見つけたなら、それでいい」
 ゴローは誘いを掛けてくるシライの手をどけさせると、シライの蝶ネクタイを最後まで結んだ。自分が呼び止めた勝手は承知の上で、もう行っていいと背中を叩いてやれば、シライはやれやれと肩を竦めた。
「すげぇきれいな結び目と激励をどーも」


   ◇


「アカバは今日は休みだっけ。一人寝が物足りねぇとは、仕事が板についてきたじゃねぇか」
 自分の部屋の前に立っているアカバを見つけたシライは、声を掛けながら歩いてく。客は自分の部屋に入れるから、もしシライに客がついたのならアカバと鉢合わせることになる。今のシライの顧客の質は概ね良好なものの、自分と懇ろの相手をシライに抱かせて楽しむような手合いもいるから、不測の事態の発生はなるべく避けたい。
「どうした?」
 娼館にいるのは訳あり顔が似合う者ばかりだ。珍しくもない表情をシライは覗き込む。
「……隊長に、用事で」
「ああ」
 シライはわざと声のトーンを明るくして相槌を打った。
「待たせて悪かったな。見ての通りおれはもう隊長と話してねぇ。今から行けば空いてるだろ」
 言いたいことがある、という顔でアカバに見つめられたシライは、真っ直ぐすぎる目を逸らさせるためにアカバの頭をくしゃくしゃと撫でた。経営者でありながら、ゴローはめったに娼館に顔を出さない。アカバはおいそれと街の外に出られない身なのだから、用があるなら機会があるうちに捕まえておくべきだった。
「それとも、本当はおれに用事か?」
「……いいえ、隊長にです」
「じゃあ待っててやるよ。おれは今日フリーだから。この店じゃ古ぃ男は需要ねぇからな」
「わしはシライさんが一番好きじゃ!」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。おれの一晩は高ぇぞ」
「い、一生掛かっても払います!」
 揶揄われていると考えもしないのか、勢い込んで答えるアカバに、同じ冗談を言ったときのクロノの反応を思い出してシライは笑った。可愛い後輩たちに同じ轍を踏ませないためなら、ゴローが言うところのしなくてもいい苦労をした甲斐があったというものだ。
「冗談だ。ほら、早く隊長んとこ行ってこい。チャンスの神様は前髪しかないって言うけど、隊長は前髪もねぇからな」

投稿日:2025年11月7日
全年齢でここまで注意書き多いの初めてです。