切って繋いで

「レモン」
 アンドロイドである都合、レモンは表情だけではなく姿形までも、組織に加入した日から今日まで変化がない。
 だというのに、どこか違和感がある。声を掛けたゴローは、振り返ったレモンの髪に焼け焦げがあることに気が付いた。難燃性と聞いているレモンの髪はどういった素材でできているのか、ヒトの髪を焦がしたときと同じような臭いがする。
「誰か探しているのか?」
「たった今見つかった」
 人間の目より広い視野を備えたレモンが自分よりも背が高い者と話す際に見上げるという動作を挟むのは、ターゲットや他の巻戻士に違和感を与えないためだ。能面に表情があるように見えるのと同じ原理か、ゴローを見上げたおかげで光が入ったレモンの表情は、ゴローを見つけられたことで明るくなったように見える。
「隊長は髪を切るのが上手いとシライに聞いた。焦げた部分を切ってほしい」
 レモンのメンテナンスは開発部門が兼務している。配属当初は政府から専任のスタッフが派遣されていたが、技術移転により巻戻士本部内で修理を行えるようになった。日常的な損耗はもちろん、人間ならば重症と判断されるような大きな損傷であっても、スペアパーツがある限りは対応できる。髪の焼け焦げ程度なら、すぐに次の任務に派遣可能な状態に戻せるはずだった。
「シライはどこだ?」
「知らない。一緒には来なかった」
 ゴローは誰もいないように見える周囲を確認しながら尋ねたが、レモンの表情に変化はない。
 隠しているのか、それとも本当に知らないのかが分からない。感情がないということが情報の秘匿にも役立つことを実感しながら、ゴローはポケットから携帯ガラケーを取り出した。

 シライの言い訳は「冗談のつもりだったんだよ」という聞き飽きたものだった。
 ゴローはシライの首根っこを押さえながら「人を巻き込むな」と凄んだが、叱責に効果がないことは実証済みで、たった今、新たな実績が追加されたところだった。シライはゴローを安全な相手だと思っている。釣った魚を狙う猫が、手を振り追い払うだけで叩いてこない人間を侮るように。一度線を引き直すべきだった。
 シライの襟首から手を離したゴローは腕を組んだ。乱れるような襟でもないくせに、首周りを整えながら不満そうな目を向けるシライを睨み返す。
「長くやっていない。先におまえで練習していいなら受けよう」
「構わねぇ。やってくれ」
 ゴローの予想に反して、シライは今しがたの不服面を忘れたような顔で即諾した。

 場所と道具を揃えるシライの手際のよさに、ゴローはシライの「冗談のつもり」という発言を疑った。疑ったが、口には出さなかった。冗談で言ったというのが嘘で、シライが仕向けたことだったとしても、ゴローはもうレモンの髪を切ることになっているのだ。シライを咎めても状況は変わらない。それに道具の現地調達は巻戻士なら誰もが通る道で、シライが潔白だった場合に、余計な疑いを部下に向けたという事実が残るほうが面倒だった。
「人に髪切ってもらうの久しぶりだ」
 店以外でということか、それとも普段は自分で切っているのか。
 髪が濡れた状態だと、シライの見た目は出会った頃に極めて近くなる。シライに詳細を尋ねることを放棄したゴローは、いつ見ても長さが変わらないように見えるシライの髪を櫛で梳かしていく。
「レモン、よく見とけよ。隊長の実演なんかめったに見られねぇ」
「分かった」
 櫛を左手に持ち替えたゴローは鋏を手に取った。脇に立つレモンを見ると、レモンはシライの余計な指示通りにゴローの手元を見つめている。ゴローの行動に気付いたシライがレモンに向けてピースサインを送るから、ゴローはシライの頭を掴んで正面に戻す。録画しているのかと思うくらい静かなレモンの視線を感じながら、ゴローはシライの後ろ髪に鋏を入れた。

「これでブランクありとか、現役の時はどんだけ上手いんだよ」
「現役の時などない。必要に迫られて覚えただけだ」
「間に合わせにしては似合わせが上手すぎる。なぁクロホン?」
「似合ってるぜ、シライ!」
 ヘアカットは任務で必要に迫られて身につけた技術だ。任務を終えて以来使っていないし、全体的に毛先を切って整えただけで髪型が変わったわけではない。仕上がりに満足していると伝えたいだけらしいシライの相手を続けるのが面倒で、ゴローは説明をやめて鋏を台代わりの机に置く。
 ゴローの作業中、レモンはゴローの観察に集中していた。その表情からは、シライの「次は自分で切れるようになる」という軽口をどこまで信じているのかが分からない。レモンは内蔵する銃火器を用いた戦闘に加え、機械類の修理にも秀でているものの、散髪のような正解がない行為をさせた場合にどうなるのかは未検証だ。スマホンの報告を通じて知ったレモンがクロノたちと一緒にキャンプに行った件は、任務外の行動と公用端末の帯出という報告が主であるために、LM‐1の機能の検証としては不十分だ。
「近くに美容室がある。散歩がてら行ってみたらどうだ」
 開発部門を訪ねれば初期状態に復旧できるとはいえ、わざわざ素人仕事の餌食になる必要はない。ゴローが言えば、レモンは意見を求めるようにシライを見た。シライは無責任にも「どうする?」という顔でレモンを見つめ返す。
「……わたしは隊長がいい」
 ゴローに視線を戻したレモンが、無感情な声で言う。ゴローは改めてシライの頭を見てみるが、全体的に短くなった以外に見どころはなく、あえて頼みたくなる要素はないように思う。
「だってよ、隊長。頼むわ。理容師じゃねぇのに利用して悪いな」
 レモンのリクエストを聞いたシライは、ゴローが苛立ちを覚えるのに十分な顔をしていた。


   ◇


「レモンさん、髪が短くなりましたか?」
 変化にレモンの最初に気付いたのはスマホンだった。スマホンの声に反応したクロノが「そうなのか?」とスマホンに確認して、それからレモンの顔を――正確には髪を見る。低い位置で二つ結びにした髪は肩の向こうに隠れていたが、レモンは別段、クロノたちが見やすいように回ったり、髪を前に持ってきたりはしない。
「何も変わっとらんじゃろ」
「変わった。隊長に切ってもらった」
「隊長が!?」
 水を差すように言うアカバの言葉を否定しがてらにレモンが明かすと、クロノとスマホンとアカバは声を揃えた。二人と一台はまじまじとレモンの髪を見るが、入隊当初のレモンの状態が政府によって研究された最良の状態だと思っているゴローがなるべく現状を維持しようとしたために、大きな変化はない。
「隊長はすごいな……」
「見て覚えたから、わたしもできる。クロノ、髪を切りたくなったら言って」
「やめとけクロノ、丸坊主にされるのがオチじゃ。わしはそれでもいいがのう」
 全くの善意のレモンと、面白がる気満々のアカバ。クロノが返事をする前にレモンが言う。
「問題ない。先にアカバで練習する」

投稿日:2026年1月12日