同意の上で性行為をする関係です。軽い排泄の描写と軽い性描写を含みます。
フルコース朝食付き
夢見心地とか、まどろむとか、そういうふわふわした意識の浮上だった。
自分ひとりで眠っているときにはない重みと安心感。寝覚めがよいクロノには珍しい、眠りに足を取られる感覚。夢現のまま頬を擦り寄せた先に知った匂いを嗅いで、クロノが抱いていた安心感は増していく。
隣に眠るシライの手が、クロノの動きに呼応するように背中を抱き込んでくる。眠気が具現化したようなシライの匂いと体温に包まれて、クロノがもう一眠りしようと瞼を下ろしたときに、その違和感はやってきた。
入っている感覚――というのは近頃覚えたばかりのものだったが、そちらが先に思い浮かぶことに恥ずかしさを覚えるほどには意識が起きていない。それでも、入っているという感覚が、遠くで鳴り響く鐘の音ように意識の隙間に入り込んでくる。
再び薄っすらと目を開けたクロノは、背中を膨らませるように身じろいだ。
地下にある本部。全館空調の部屋に寒さなど存在しなかったが、布団の中で温められた背中には、隙間から入り込んだ空気が冷たく感じる。それは眠りを覚ましてしまうものではなく、けれど、クロノの安らぎを乱すものではあった。
クロノが外気に身を震わせるより先に、シライの手がクロノの背中に伸びてくる。シライは掛け布団の端からわずかにはみ出してしまったクロノを抱き寄せ、ついてしまった冷気の足跡を均すようにクロノの背中を撫でた。
起こしてしまったか、と眠気の薄らいだクロノはシライの様子を窺った。目に入ったのは長めの前髪の下、閉ざしたままの瞼だ。
クロノはシライの顔をまじまじと見た。
最近になって、クロノはシライの顔が整っていることを認識した。余人の口からシライのかっこよさを聞く機会は山ほどあったから、惚れた欲目というわけではないはずで、気づいたときはクイズの答えを見つけたような納得感があった。
人の顔は、左右対称に近いほど美しく見えるのだと言う。
巻戻士は右目をリトライアイにするために左右対称とはいかなかったが、その点を除けば、シライの顔は左右対称に近い造作をしている。起きているときは皮肉げに、または得意げに目を眇めたり口角を上げたりするものだから、今のように表情を動かさずにいるときにしか実感が得られない。
「……」
違和感を覚えた気がして、クロノは動作として首をひねった。
かっこいいと言われて見れば確かにその通り。だが、クロノはシライの顔のよさを寝顔を見るような関係になってから認識した。つまり、シライが格好いいと思うのは、やはり惚れた欲目かもしれない。
そこまで考えて、クロノは本来の自分の用事に立ち返った。
うんこ出そう。
目覚めの理由はそれだった。
◇
まだ眠っていていいはずだ。
クロノを抱き寄せたシライは眠っている間に経過した時間を数え直す。
シライはクロノの、トキネを亡くす前の眠りがどんなものであったかを知らない。CASE999で目にした、悪ガキどもの掘った穴に落ちたクロノは、寝付きがいいどころかむしろ、眠りにつく前にあれこれ考えそうなタイプに見えた。
訓練の後にクロノがことんと眠りにつくのを、たくさん体を動かして疲れたのだろう、と思ったのは最初だけだ。気絶するように眠り、スイッチが切り替わったかのように起きるクロノを、異様だと意識するのに時間はかからなかった。幸か不幸か、クロノの心身を測定しても、異常は一つも見られなかったが。
そんなクロノが、自分の腕の中でうつらうつらしている様子がシライは好きだった。クロノの寝息と体温を感じながら横たわる時間というのは、シライにとって何物にも代え難い癒しだった。
あと一時間ほど寝ていても構わない。経過時間を辿り終えたシライは、抱き込んだクロノの頭頂を見てから瞼を閉じ直す。関係を始めたばかりの頃と違って、今はもう、クロノの限界を読み間違うことはない。ベッドから降りようとしたクロノが、自覚のない疲れでへたり込むようなことはないはずだった。
「おじさん、おれ、トイレ行きたい」
「……悪い」
静かに、けれどもはっきりと告げられた要望。シライは身じろいだクロノが、浜に向かうように浅くなっていく眠りの中でむずがっていたわけではないことを知った。
手放した温もり。遠ざかっていくクロノの足音。それに、トイレのドアが開いて閉まる音。それらの音をベッドの中で聞きながら、シライはクロノが寝ていた場所に手で触れる。当然ながら温かく、寝間着越しに触れるクロノの体温そっくりの温度だ。
巻戻士の寮は人ひとりが寝起きするのに丁度よい広さをしている。扉一枚、壁一枚を隔てようと、用を足す音は聞こえてしまう。
シライはトイレに背を向ける形で寝返りを打った。あらぬ場所を暴いておいて今さらだったが、せめてもの気遣いだった。
初めてクロノの体にそういう目的を持って触れたとき、一回りも離れた男が見せるべきではない興奮の仕方をしてしまった。本来の用途にしか使われたことのないクロノの窄まりに触れながら、この中に入れるのだと思ったが最後、己の分身は皮膚から刺激を与えるまでもなく、すっかり熱を持ってしまった。クロノに対して言った「今日は入れねぇから」という言葉は、クロノの耳にはどれくらいの説得力を持って聞こえただろう。持ち前の忍耐力によって宣言は無事に守れたが、クロノの目にはシライが耐えていることが明らかだったと思う。
クロノはいつも通りに過ごしているだけ。
そう分かっているのに、今まさに剥き出しになっているだろうクロノの肛門を想像してしまったシライは、深々と溜め息をついた。
◇
塗り込められたジェルの名残か、気張る必要もなくするりと抜け落ちる感覚と、静かなせいでやけに大きく聞こえた着水音。ほっと息を吐いてから、ついでに済ませた小便は、汗をかいたせいか思ったほど量が出なかった。
覚えた物足りなさは、排泄物の量のせいではない。たった一度通り抜けただけの刺激が、クロノに寝入る前の交合を想起させた。仕上げに拭いたトイレットペーパーを便器に落としたクロノは、雪を割る芽のように頭を持ち上げた感覚を、排泄物と諸共に流すつもりで洗浄ボタンを押した。
夜中に見る鏡が怖かったのはいつの頃だったか。クロノは手を洗いながら、別のことを考えて気を紛らわせようとする。うっかり灯ってしまった火を消さなければ、シライの元に戻りづらい。
シライはクロノが欲しがるだけ、快楽を与えてくれる。焦らされているように思うのはシライがクロノの体を慮っているからで、接合を待ちわびているのはクロノだけではないことを、シライの表情が如実に伝えてくる。
クロノの中に自身を埋め込んだシライは、夜店から持ち帰った金魚の水を合わせるように、クロノと自分の体温が馴染むのを待つ。そのときの筋肉の動きが、クロノは好きだった。獲物を見つけた獣が走り出す直前の、刹那の熱の高まりを肌で感じているような気がするのだ。それはクロノの前では余裕があるように振る舞うシライの隠しきれない欲求を見るようで、少しだけ、クロノはシライに対して優越感を覚えている。クロノを慈しむ一方で情欲をたぎらせるシライの眼差しは、シライ自身には見られない。
手を振って水を切ったクロノは、参ったな、と胸の中で呟いた。
蛇口から流れ出る水は膿んだ傷口のような熱を醒ますには冷たさが足りず、むしろ、手が温かいことを意識させる。手を拭いてみても、一度覚えた不服は水分のように拭い去られることはない。
シライと付き合う前、クロノの性欲は当然、クロノ一人だけのものだった。シライと付き合い始めてからも自分だけで始末することはあって、そういうときに思い浮かべるものは、シライの姿ではなかった。男の部分をしごくときに、不意に思い出してしまったシライの声のせいで後ろに手を伸ばしてしまうことはあれど、概ね、クロノの性感は男性器に集約されている。それが、今日の意識は後ろの方に向いていた。
おじさんのせいじゃない。
思い浮かべた言葉は自分に向けたものだ。クロノの直情は、湧き上がる欲をシライのせいだと思いたがっていた。
◇
もそりと布団に戻ってきたクロノの体は想像したようには冷えていなかった。
けれど、布団の中にあるぬくもりとは違う無機質な温度ではあって、シライはクロノを温めるために抱き寄せた。幸い、シライの頭に予感があるだけで、下半身が反応するところまで行っていないから、クロノと密着するのに遠慮する必要はなかった。
シライはクロノの剥き出しの肌に唇を寄せたくなったが、今はそういう場面ではない、と口寂しさを覚えながら諦める。平気だと言い切るクロノの心意気はさておき、性交にあたり、負担を強いているという自覚はあった。師匠と弟子。年の差の大きい恋人。オンオフの切り替えという意味でも、なし崩しに関係を持つのはよすべきだというシライなりのルールだった。
「……」
クロノの呼吸が、心做しか不自然だ。肩のあたりにも、眠りのために戻ったとは思えない緊張感がある。
「……目が冴えちまった?」
シライは己の肌感覚に自信があった。クロノとの付き合いの長さを加味して勘違いということはまずないが、念のために声を低めて尋ねる。
「うん……」
「起きるにはちょっと早えけど、散歩しがてら外で朝飯食うか」
「……うん」
「外飯はお気に召しません?」
このまま寝入ってしまうならそれでもいい。だが、応える声の不明瞭さとは裏腹に、クロノがシライに向けている意識は強まる一方だ。話したいことがあるときの空気だな、とシライは覚悟を決める。まさか別れ話ではあるまいが、浮ついている場合ではないかもしれない。
「おれ、おじさんとするセックスが好きだ」
願望がもたらした幻聴かと思うような、内容に合わない硬い声で切り出されて、シライは面食らった。クロノの表情を確かめたくて顔を覗き込むが、クロノがさらに俯いてしまったせいで見損ねる。今ここで「おれも好き」と答えるのは取ってつけたようだろうか。
「尻に何か入れたいけど、セックスしたいわけじゃない。そういうとき、おじさんならどうする?」
シライの逡巡などお構いなしに、クロノは話を続けてしまう。
「……友達の話か?」
「おれの話だ」
シライは恋愛相談の常套句である可能性に賭けてみたが、残念ながらクロノに否定される。
「そうなったら……自分で済ませるだろうな。手とか、おもちゃとか」
寝起きのふわふわとした空気はすっかり薄まって、布団の温かさだけが今まで通りだ。シライは布団の中から手を出して、クロノの背中を布団越しにぽんぽんと叩く。なるべく他意を含ませずに。
クロノはシライとのふれあいを嫌がる素振りを見せず、シライの肩口に頭を擦り寄せる。シライは先ほど果たせなかった口づけをクロノのつむじに落とした。汗の匂いがする。短い毛がくすぐったい。
「触ってもいいか?」
「……嫌じゃないけど、違う気がする」
「試してみても構わねぇ?」
「いい」
シライはベッドサイドにある潤滑ジェルを手に取った。先週封を切ったばかりで中身は潤沢に詰まっている。絞り出したジェルを手の中に握り込み、布団の下でクロノの尻肉を手探りに割る。
「おれの腰に足引っ掛けて、それから力抜け」
「ん」
指示通りに動くいたクロノの股間が押し付けられる。少し硬くなっていて、自分もそのうち近い状態になる予感がしたシライは、自分のことを感覚ごと後回しにする。とりあえず、クロノが抱える問題の解決が先だ。
ジェルを塗りつけて軽く押すだけで、クロノの肛門はシライの指を易々と飲み込んだ。一本だけ入れた指で温かな中をゆっくりと撫で回せば、クロノが細く息を吐く。物足りないのか、腰に掛けさせた脚に力が入る。
「もう一本入れていいか?」
「うん」
最初に入れた指だけで二度三度抜き差ししてから、束ねた指を差し入れる。この体勢では前立腺は触りづらい。入れちまった方が楽だな、とシライはクロノの体に自分の下肢を押し付ける。欲しいと言ってくれるのなら、今からでもクロノの中に入りたい。シライが指を動かす度に息を漏らし、しがみついてくるクロノがシライの状態に気付かないはずもなく、たぶんわざとだろう的確さで腰を擦り寄せられる。後でセックスの定義の擦り合わせが必要だ。
やがて体を震わせながら上り詰めたクロノの頭をきれいな方の手で撫でて、シライは完全に昂ぶってしまっている自分の股間を握った。落ち着いたらしいクロノが気まずそうな視線を送ってくるから、少しだけ唇を味見させてもらう。気前よく差し出された舌も舐める。うまい。
シライは自分が出したものをティッシュで受け止めて、丸めてゴミ箱に投げ入れた。
「ケツに入れるやつ、今度一緒に買いに行くか」
「おじさんは嫌じゃないのか?」
「気にならねぇって言ったら嘘になるけど、分からねぇわけじゃねぇよ。おれも気持ちよくなりたいだけのときはある」
厳密には分けていない。もしクロノが思う「セックス」がこれまでシライとしてきたものを指すのなら、シライはクロノを除くほとんどの相手とセックスをしていない。性的快感、あるいはひとときの愛情を与え合う、互助会のような関係が多かった。
「一人でするのも、今みたいに手っ取り早く気持ちよくなるだけのもいいだろ」
難しい顔をしていたクロノが息を吸って、大きく吐く。それでもまだ難しい顔だった。
「……今セックスしたいと思ったけど、性欲が足りない」
「残念、おれもだ。風呂行って、この後のフロー考えようぜ」
◇
常連を名乗るには、店に足を運ぶ頻度が低い。だが、食事のほとんどを本部の食堂で済ませている二人からすれば、その喫茶店は行きつけの店と言ってよかった。
店のBGMはいかにも老舗の喫茶店という感じの落ち着いた曲で、クロノもシライも、その店でしか聞かないジャンルだった。別の場所で同じ曲を聞いたとき、クロノはシライに目配せした。同じことを考えていたらしいシライの視線を受け止めて笑い合う。そういうときに、付き合っているという実感を持つ。
選ぶメニューはモーニングセットのAとBを行ったり来たりしている。腹の空き具合としては一番豪華なCでもよかったが、朝からそれはやりすぎだというのが、クロノとシライの共通認識だ。時折帰りにコンビニで新商品を物色するルートが発生することを思えば、Cを頼むほうが経済的かもしれなかったが。
セックスには食事と同じくらい幅があるというシライの言葉を正しいとするのなら、クロノは毎回フルコースを食べていることになる。ソーセージにフォークを刺したクロノは、怪訝な顔でシライを見る。
「おれの感覚だと今朝のあれもそう」
公共の場ということもあり、選ぶ単語は符丁めいたものになる。秘密組織の一員としては慣れた対応だった。
「基準は?」
「おまえがおれ以外とやって嫌かどうか」
「随分主観的だな」
「プライベートな行為の最たるもんだぞ。主観上等、情と欲で判断していいだろ」
言って、シライは大きめに切り分けたパンケーキを口に入れる。クロノを見たのは反論と質問を受け付けるつもりがあるからだ。言い切ることに不安を一切見せないところがシライらしいとクロノは思った。その様子が「文句あるか」と傲岸に構えている風に見えるというのは誰から聞いたことだったか。
「……おじさん。一口あげる」
「ん? おれそれ食ったことあるぞ」
「いいから」
クロノがひとすくい差し出したオムレツを、シライは大人しく口に入れる。こういうとき、こじんまりしたテーブルであるところが助かる。柄にもないことをした気恥ずかしさでクロノはあたりの様子を窺って、それをシライに見られたことでもう一度恥ずかしくなる。
「うまい。パンケーキ食う?」
「いらない」
「なんだよ、交換目的じゃねぇのか」
「他の人にしたらおじさんが嫌がりそうなことをしてみただけだ」
クロノが言うと、シライは目を丸くした。クロノが言いたいことはきちんと伝わっているようだ。
「分かってたけどこれは違う」
検証の結果導き出した結論を述べると、シライは神妙な顔でこくりと頷いた。
- 投稿日:2026年2月12日