沈黙は金
「おいクイル、コンドームくれ」
「俺が持ってる前提で話すな」
「持ってるだろ?」
クイルは素早く周囲をうかがい、近くにガモーラがいないことを確かめてから、ジャケットの内側に手を入れた。
「常に持ってるのかよ」
若干嫌そうな顔をしながら差し出された包みを受け取ったロケットは、性分か習性か、パッケージをくるくると回して状態をチェックしてからポケットにしまう。
「何に使うんだ?」
「コンドームの使い方を知らないのに持ってるのか?」
「違う! 本来の使い方をするならサイズが合わないだろ」
「俺が使うんじゃねえよ。グルートの性教育だ」
あっけに取られているクイルに、ロケットは「元はと言えばお前のせいだぞ」と付け加える。
「お前がグルートに性病の話なんかするから説明しなきゃなんねえ。そろそろかと思ってたから別にいいけどな」
「グルートのやつ話したのか?!」
「ガモーラには話してないってよ。俺もさっき聞いたところだ。ドラックスが小便をかけたらちんこが腫れるミミズの話をしたら、グルートが」
クイルはわざとらしく笑いを噛み殺したロケットを見て文句を言いかけたが、大きな溜め息をついて首を振った。思い出したのは自分がそれをヨンドゥに教わったときのことだ。ラヴェジャーズの仲間を撃ったり、購入したばかりの宇宙船を墜落させたり色々してきたが、長い共同生活の中であれほど居たたまれない思いをしたことはなかった。もし年頃になるまで地球にいたとしても、やっぱり多少は気まずい思いをしながら聞くことになっただろう。親のセックスの話を平然と聞けるドラックスとは違うのだ。
「それならなおさらちゃんと買ったほうがいいだろ」
「市販品にあると思うか? ノーウェアでコレクターの反応見ただろ、あいつの種族は珍しいんだ」
「いやでもせめて形が近いものを選ばないと。グルートのってどういう」
ロケットが顔をしかめたのを見て、クイルは曖昧な形を作っていた手を振って言葉を切った。
「そもそもグルートってセックスするのか? その……俺が思ってるセックスだけど」
「はっ、てめえのセックスがスタンダードだとは大した自信だな。自分以外のテラ星人と会ったことあるのか?」
「問題はないだろ! ザンダーの子もクリロリアの子も、俺のやり方がイイって言ってた!」
「だろうな。ガキこさえるつもりじゃなきゃ、お互いがよければそれが正解だろ」
ロケットは自らの頭に触れようと上げた手を、何もしないまま再び下げた。
「俺だってグルートの正統なやり方を知ってるわけじゃない。小さなグルートが挿し木で生まれたのも運が良かっただけで確証はなかった。……あいつが今後同族に会う可能性なんかほとんどないんだ。それならコミュニケーションとしてのセックスを教えてやるのでいいだろ。銀河の大半が採用してるスター・ロード式のやつをだ。現実に即した準備については追々考える」
「光栄だが俺の名前を付けるのはよせ」
「教育に悪そうだもんな」
「おい!」
「お前が言ってたんじゃないか、アウトローネームだって」
グルートの部屋に向かって歩きながら、あのままクイルに役目を押し付ければよかった、とロケットは思った。なにしろ改造体なのだ。スタンダードを当てはめられないという意味ではグルートに近い立場だったが、宇宙で普遍的に使える知識を、好ましく思う相手と親密な時間を過ごす術を教えるならば、クイルは適任だっただろう。反面教師としても申し分ない。
「さーてどうするかね」
クイルには知らないと答えたが、まだ二人だけで仕事をしていた頃に、グルートに同種族間の交配はどうするのか尋ねたことがある。依頼品の受け渡し場所が今のチームでは絶対に行かないようないかがわしい店で、依頼主が精通後一度も下着を穿いたことがないような男だったときだった。グルートを船に残してくればよかったと思いながら取引を終え、その後の気まずさを振り払うための話題は、好奇心に抗えなかったというのも大いにある。ロケット自身はその見た目のために真っ当な機会などまず得られず、その分、他人の「真っ当さ」に勝手な期待を抱いていた。
「……息子に言える話じゃないよな。なんで知ってるか聞かれたらアウトだ」
ロケットは拳を固めてドアを見上げる。どうせゲームに熱中しているだろうから強めに叩かなくてはなるまい。決して、下品な質問の答えに与えられた愛情を思い出して恥ずかしくなったわけではないのだ。
- 投稿日:2019年6月30日