鞘当て
「手合わせ願いたい」
棟と棟の間を繋ぐ渡り廊下に立つカレラの姿は、待ち伏せと言うにはあまりにも堂々としていた。
急かつ不躾な申し出だ。それに通行の邪魔だ。
両脇には人が通るに十分な空間があったが、偶然通りがかった社員は、対峙するイオタとカレラに向かって好奇心を含んだ視線を投げかけながらも、そそくさと元来た道を引き返して行った。
イオタは眉間に寄せた皺を解かないまま、カレラの睥睨を跳ね返した。
自分が剣術を使うことを、この男はどこで聞きつけたのだろうか。同じ“七宝剣”に数えられているとはいえ、所属の違うカレラと顔を合わせた回数はそう多くない。帯刀している姿を見せたことはないはずだった。
イオタがカレラについて知っていることは、名前と能力、それに以前紫電がおもしろがっていた「捕縛手配がかかっていた道場破りの真似事をしている能力者が、皇神への入社を志願してきた」という事柄が、カレラのことを指していたらしいという推察くらいだ。情報と呼べるようなものは何もない。
「断る」
「何故」
相手もイオタが断ることは織り込み済みだったのだろう。間を開けずに問いを投げてきた。
簡単に引き下がるとは思っていなかったが、相手をするのは正直面倒だった。
「七宝剣の戦闘行為には制約がある」
断る理由を述べるために吸った息は、背後から聞こえた凛とした声に、肺の中でぴたりと止まった。
「紫電殿……!」
振り向きざまに腰を折りそうになり、紫電はそういったことを好まないことを思い出して踏みとどまる。どんな状況でも決して乱れることのない紫電の足取りには、噂に聞く彼の出自を匂わせるものがあった。
イオタの隣を過ぎ、そこからさらに一歩前に踏み出した紫電は、カレラに向かって「久し振りだね」と声をかけた。
「イオタさんと勝負してみたいという君の気持ちは分かるけれど、規則は規則だからね。希望が通るにしても、君たちほどの実力者の手合わせともなれば、場所の用意も含めて各所に話を通しておくのが筋だ。ここはひとつ、僕に預けてほしい」
紫電を見据えるカレラの表情からは、明らかな不服が見て取れた。口に出さないだけの分別はあるのか、巨体が呼吸のために膨らみ、しぼむ。
「いつまで待てばよろしいか」
「はっきりしたことは伝えられない。明日にでも僕は動く……とだけ伝えておこう」
両の拳をぐっと握り、紫電に向かって一礼したカレラは、踵を返した。
カレラが己を一瞥もしなかったことが、イオタの胸に不快感として残った。
- 投稿日:2016年8月20日