明日のある暮らし
女神の力により復活を遂げた聖闘士達に与えられた最初の任務は、此度の聖戦による被害の把握と修復だった。それは同時に、後進育成のために各地に散っていたため、あるいは動かし難い事情のために、途絶えがちだった交流の再開も意味していた。
指揮をとる黄金聖闘士を始め、白銀、青銅、雑兵やら候補生までもが入り混じって聖域の復興に当たる様は、行うはずだった戦死者の埋葬と追悼が不要になったこともあり、ある種祭りのような雰囲気を醸し出していた。建物も地形も相当に損なわれていたが、その分だけ広くなった空は、いつも以上に輝いて見えた。
「軒を貸して貰いたい」
終わりの目途は立たないものの、二次災害を警戒して各々作業を中断した夜半。己を訪ねてきたシャカがそう言ったとき、アイオリアは意外さを感じるよりも先に、シャカの行方を憂う必要がなくなったことを安堵した。聖戦の爪痕は至る所に残っていたが、中でもアテナエクスクラメーション衝突の場となった処女宮の損壊ぶりは尋常ではない。隣の宮に住まい、なおかつ破壊の原因の一端を担ったアイオリアにとって、シャカの動向は気がかりだったのだ。
しかし、聖戦直後ということとは無関係に、獅子宮は客を迎えるに適した場所ではなかった。
「どこへ行くのかと思えば、ここはきみの寝所ではないか」
「居心地はよくないと思うが、辛抱してくれ」
獅子宮の奥にあるアイオリアの寝室。部屋に通した途端、それまで周囲を探るように展開されていたシャカの小宇宙が、すっと収められる。それを背中で感じながら、アイオリアは大して散らかっていない部屋を整えに掛かる。
アイオロスの“謀反”以降、身の回りの世話をする者すら遠ざけていたアイオリアの守護宮には、最低限の家財道具しか置いていない。汚名をそそいだ後も、来訪者といえば聖域に居を構える者ばかりだったことや、アイオリア自身のこだわりのなさ、立て続けの有事という数々の要因により、改める機会を得なかったのだ。同僚とはいえ客人を、使い古した己のベッドに寝かせることに心苦しさは感じるが、背に腹は変えられない。
「きみの気持ちは有難いが、これは辞退させてもらおう」
「なぜだ?」
出したばかりのシーツを片手に、アイオリアは困惑した顔でシャカを見る。
「先に言った通り、わたしの寝床は軒先で十分だ。こうして風をしのげる場所まで提供してもらえるだけでも過分だというのに、それ以上の施しを受けては主義に反する」
「しかしだな……」
「傷は癒えているとはいえ万全ではないだろう。明日のこともある。きみも早く休みたまえ」
なおも食い下がろうとするアイオリアを手のひらで制すると、シャカは断ち切るように言って踵を返した。アイオリアが引き止める間もなく、空気に乗ってさらりと流れた髪は扉の向こうに消え去った。
日の出から日没までそれぞれの任務に従事し、眠るときだけ獅子宮の屋根を共にする、奇妙な共同生活が始まってから五日目。音を上げたのは石の床に座り続けるシャカではなく、聖戦前と変わらない生活を送っているアイオリアだった。
通路を兼ねた共有スペースから、壁一枚隔てた内側。アイオリアは明かり一つない暗闇で瞑想にふけるシャカに歩み寄ると、声も掛けずに担ぎ上げた。重さを感じたのは一瞬で、どういった術なのか、肩に乗せたシャカは羽のように軽い。もはや追求する気力もないアイオリアは、負荷がないのは幸いだと、足早にシャカの体を自室に運び込んだ。
「ここで寝てくれ」
アイオリアはシャカをベッドに投げ下ろすと、掛け布団を頭から被せた。
「……わたしの寝床は気にするなと言ったはずだが」
「気にせずにいられるわけがないだろう。こちらはお前の小宇宙を常に感じていたのだ。あれで休んでいたなどとは言わせないぞ」
共同生活を始めてから何度目かになる問答を、これまで通り一方的に終わらせようとするシャカにきっぱりと告げる。アイオリアは自らを重石にするように、掛け布団を下に敷いたままでシャカの隣に寝転がった。雑兵達が寝泊まりする兵舎にあるものと変わらない、丈夫なことだけが取り柄の簡素なベッドが、二人分の体重を受け止めてわずかに軋む。
シャカが言った通り、復活を遂げた誰しも万全ではないのだ。シャカの信教と習慣を軽んじるつもりはなかったが、瞑想にふけることが、横になって眠る以上の休息になるとは思えない。強引な手段を取ったことを謝る気はなかった。
片腕を枕にしたアイオリアは、掛け布団から抜け出そうとしているシャカの動きを感じながらも、もう何を言われても聞くものか、と眉間に皺が寄るほど強く目を瞑った。
「……そうか、それは悪いことをした」
「――ッ!?」
耳に直接吹き込まれた声と、耳殻を這った生温かい感触。意味ありげに内腿へと滑らされた手を掴むと、アイオリアはばっと身を起こした。違和感の残る耳をガリガリと掻きながら見たシャカの目は、相変わらず閉ざされたままだったが、唇にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
「何をするのだ!」
「きみが誘ったのだぞ」
「何を――」
言いかけて、アイオリアはシャカの言葉が意味するところを理解した。
「違う! そういう意味ではないッ!」
シャカはアイオリアの強い否定などどこ吹く風で、ずいとアイオリアに顔を近づけた。及び腰になったアイオリアが手を離したのを好機とばかりに、アイオリアの上半身に身を乗り出すようにして覆い被さる。
「恐れることはない。わたしに任せて楽にしていたまえ」
「馬鹿なことを! お前は今、自分が何をしているのか分かっているのか!?」
「無論だ。この行為こそが、わたしがきみの宮を選んだ理由でもあるのだ」
驚愕に目を見開いたアイオリアを見て、シャカはさも不思議そうに首を傾げた。
「気付いていなかったのかね?」
アイオリアは混乱を来している頭を無理矢理働かせた。
初めて泊めた日の翌日、宵の口に再び訪ねてきたシャカに今更だがと問うたとき、彼は何と答えたか。近い方がよいとか、そんな何のことない理由ではなかったか。その返答の裏側に何か、このような無体に及ぶに至る事情が隠されていたというのか。
「気付いていなかったというのならばそれで構わぬ。今から分からせればよいだけのこと」
動揺するあまり思考の中に逃避しかけていたアイオリアは、唇を割ってぬるりと滑り込んできた舌の感触に、びくりと体を強ばらせた。押しのけようとした腕を取られて体勢を崩され、上げようとした抗議の声ごと唇を食まれる。頭を抱え込まれ、舌を唇でしごくように吸い立てられて、呼吸の不自由さによるものとは別の、じりじりとした痺れが広がっていく。
「ぐ……こ、の……っ」
噛みついてやろうとした途端に解放されて、かちりと歯が鳴った。
「口付けの時くらい目を閉じてはどうかね」
からかいを含んだ声が耳を打つ。鋭敏になっている感覚を抑えつけて、アイオリアは見下ろしてくるシャカの双眸を睨み返した。滅多に見ることのない、記憶の中では澄んだ空のようだった瞳の色は、今は闇に紛れてしまって見定めることはできなかった。
シャカを寝かせるために整えたシーツは、爪先で何度も掻いたせいで、今や見る影もなかった。
「くっ……ん……!」
脇腹を撫でられても、臍に指を入れられても、まるで条件反射のように己の意志とは無関係に反応する体。先走りでしとどに濡れた肉棒が、再び触れられるのが待ちきれないようにふるりと震える。どれだけの距離を駆けようとも乱れることのない息を、指の動き一つでいいように乱される屈辱が、背徳感を伴う甘さとなって理性を蝕んでゆく。
「よしたまえ。傷になる」
声を抑えようとするあまり、アイオリアが自らの手を噛んでいることに気付いたシャカは、その口元から手を取り上げた。くっきりと残った歯形と滲んだ血を見て顔をしかめると、いたわりを込めて傷口を舐め、泣く子をあやすように唇を落とす。劣情こそ催させないものの、その姿もやはり、アイオリアの知るシャカではなかった。
「なぜだ、なぜこのようなことをするのだ!」
「なぜ? きみはおもしろいことを聞くな。気持ちよくはないか?」
「……ッ」
するりと、シャカは陰茎への愛撫を連想させる手つきでアイオリアの指を擦った。ぎゅっと唇を引き結んだアイオリアの顔を愉快そうに見てから、屹立するアイオリアのものに目を移す。
「本来きみはとても素直だ」
そう言ったシャカの手が、性器を通り越して尻の奥の窄まりに触れる。その時アイオリアの内に湧き起こったのは、肉体を開かれることへの嫌悪ではなく、欲した快感が与えられなかったことへの落胆だった。アイオリアは自分の浅ましい考えに狼狽え、現実から逃れるように目を伏せた。
一方シャカは、アイオリアの心の変転を見通していたように口角を上げた。
「わたしだから受け入れられないというのなら、目を閉じて別の顔でも浮かべておくがよい」
シャカはゆるく円を描くように、唾液で濡らした指先でアイオリアの肛門をくすぐった。期待に張り詰めている陰嚢を優しく揉みながら、赤く膨れた亀頭に口付け、こぼれ落ちる我慢汁を音を立てて啜る。大きさを確かめるように幹を握った手を数回上下させ、アイオリアの腿を押さえながら、そそり立つ肉棒を喉深くまで咥え込んだ。
「ふ、うあっ……」
同時に中へと埋め込まれたシャカの指が、口に含まれた陰茎と共に、緩やかに出し入れされる。体の内側を弄られる違和感が、男の物に与えられる刺激と混線したように、性感にすり替わる。深く、浅く。わざとらしいほどに立てられる水音に情欲を煽られて、シャカの髪が肌をくすぐる感触すらも快感に変わる。
「ふっ!?」
本数を増やし、挿れられることに慣れさせるように抜き差ししつつも、時折内部を探るように蠢いていたシャカの指が一点に触れたとき、アイオリアはビクンッと体を跳ねさせた。衝撃がそのまま快感となって突き上げてくるような、明らかに異様な感覚。自分の体を見下ろすと、見計らったように顔を上げたシャカと目が合った。
見せつけるように昂ぶりを舐め上げられ、嫌な予感が確信に変わる。
「っあ、やめ、」
「耐える必要はない。楽になってしまえ」
シャカは躊躇なくそこをすりすりと刺激した。
「はぁ、んっ、ああああッ……!」
きゅうと体の奥が収縮して、頭の中がチカチカと瞬く。知った射精感と、それを上回る未知の快楽。追い打ちをかけるように先端を吸われて、耐えようとした努力も虚しく、アイオリアはシャカの口内に精を吐き出した。
シャカは力なく横たわるアイオリアの片足を、ぐいと担ぐように持ち上げた。口中に留めていた精液を手のひらに戻し、唾液混じりのそれと、勢いを失ったアイオリアの陰茎を順に見る。
「アイオリアよ、わたしの行動はきみの矜持を傷付けているのかね」
「……このアイオリア、この程度で傷が付くほど柔ではない」
「それにしては、きみは繋ぐ手をなくした子供のような顔をしている」
「疲れただけだ。お前がこのようなことをする理由など、俺にはまるで覚えがない」
事実、慣れない行為と思考による疲労感はかなりのものだった。汗で貼り付いた髪を払いながら顔を上げたアイオリアは、自身の脚の間に割り込んだシャカの、着衣の下に息づく膨らみを見て、この夜で初めて気の抜けた顔をした。
「お前でもそうなるのだな」
「当然だろう。そうでなくて、どうしてこのような行為に及んでいると思うのだ」
「お前はそういう欲とは無縁と思っていた」
アイオリアは興味を惹かれた子供のように、ごく自然な動作で、衣服を押し上げて形を成しているシャカのものに手を伸ばした。何の含みもない、愛撫とはほど遠い手つきで、布越しの感触と形を確かめるように触れる。
しばらくの間されるままになっていたシャカは、苦い物を飲んだような顔で申し出た。
「あまり触れないでくれたまえ」
「散々ひとのものを好き勝手になぶっておいて随分な言い草だな」
「そうは言っても、もう持ちそうにないのだ」
ムッとした顔のアイオリアに言い訳がましく言うと、シャカは手にしていた精液でなおもアイオリアの後ろを解そうとする。アイオリアはその手を捕らえて首を振った。
「それはもう十分だ。……不本意ではあるが、お前の本懐がそこにあるというのならば、受けて立とう」
「結構な決意だが、慣らしておかないと辛いのはきみだぞ。わたしはきみと交接したいが、痛い思いをさせたいわけではないのだ」
「その程度の痛みに耐えられずして聖闘士は務まらん」
「……きみはもう少し誘い文句を覚えた方がよい」
「なぜそうなるのだ!?」
溜息を吐いたシャカは、必死な様子で否定するアイオリアの脚を抱え直すと、柔らかく緩んでいる穴に自身を宛てがい、ゆっくりと腰を進めた。
拳を握りしめ、体内をえぐる衝撃に耐えていたアイオリアの腰が、シャカの動きに合わせて揺れるようになるまで、長い時間は掛からなかった。荒く吐く息の中に、苦痛によるものではない小さな喘ぎが混じる。萎えていた肉棒はゆるく頭をもたげ始めていた。
「はぁ、ふぅっ、……くっ」
拒もうと肛門を締めれば摩擦が大きくなり、刺激から逃れようと緩めれば奥深くまでの侵入を許す。時間が経つほどに腹底に宿った熱が存在感を増し、内壁に擦りつけられるシャカの熱と混ざり合ってゆく。耳を塞ぎたくなるような濡れた音が、自分の体内が潤んでいることを知らしめる。
「アイオリア、手をこちらへ伸ばしてくれまいか」
「んあッ」
シャカが身を乗り出したことで深まった結合。アイオリアが思わず上げた声を聞いたシャカは、差し伸べかけていた手を止め、アイオリアの腹を透かすように視た。
「……ふむ。このあたりも好きか」
「待てっ、ダメだ! はっ、あ、くふぅうう!」
「きみがどれだけ乱れたかなど、このシャカは口外せん。存分に喘ぎたまえ」
腰の角度を変えて突かれ、急速に湧き出した快楽を抑え込もうとするアイオリアを追い詰めるように、シャカは抽送を続けながらアイオリアの肉竿を握り込んだ。体液に塗れたそれを、ぐちゅぐちゅと音を立てながらしごく。アイオリアは堪らず身を捩り、その動きがまた結合部からの刺激を新たなものにする。
「ん、うんッ!」
「ああ、悦いな、きみの中は。温かくて、とても気持ちがよい」
ぐぐ、と腰を押し付けられて、アイオリアは体をビクビクと震わせた。シャカに抱え込まれているせいで引き抜くこともできず、受けて立つと言った手前抜かせることもできない。蠕動する内部で味わうように、体内に埋められた形を感じ取る。
「中で出したいが構わないか?」
「ぐ、く……! 構わん、好きにしろッ」
「すまない」
腹の奥で感じた脈動と、じわりと広がる熱。精液を、実ることのないタネを体内に蒔かれる感覚。込み上げる喪失感にぐっと目を瞑って、自身をしごいているシャカの手に意識を集中する。高まる熱よりも、合わさった肌の温かさが心地よかった。
「きみは本当に頑丈だな」
「そのような口を利く暇があるのなら手伝ってくれ」
体を拭き清めたアイオリアは、赤裸のまま、体液でじっとりと濡れたシーツを引きはがした。散らかっていた服もひとまとめにして、部屋の隅に投げ飛ばす。下半身の違和感は消えないが、歩けないほどではなかった。換えのシーツを持たせておくくらいにしか役立たないシャカを睨みたかったが、シャカの顔を直視できるほど図太くはなかった。
「……ところで」
振り返らないまま受け取ったシーツをベッドの上に広げると、アイオリアは腰を折った瞬間に感じた目眩をごまかすために、いつも以上に丁寧に撫でつける。
「最中に覚えのある小宇宙を感じたのだが……シャカよ、まさか瞑想中……」
「やっと気付いたのかね」
「……道理でここ数日、寝付きも夢見も悪いわけだ」
「言っておくが、きみに興味を持ったのは昨日今日ではないぞ」
シャカはつかつかと歩み寄り、仕上がったばかりのベッドに腰掛けてアイオリアを見上げる。アイオリアは露骨に態度に出していると分かりつつも顔を背けた。戦い方の違いもあって元々苦手な手合いであるシャカが、情交に及んだ今、より向き合い難い相手になっている。
「わたしはきみのことが知りたい。手始めに、どういう夢を見たのか聞かせてもらおうか」
「……今日はもう寝てくれ」
アイオリアは顔を背けたまま、シャカの首に腕を掛けて寝転がした。
- 投稿日:2014年1月14日
- 井ノ上さんからシャカリアの話を聞くうちに、いける!と思って書いたんだったような気がする。