水煙草

 焚かれた香と、水煙草の烟が放つ甘いにおい。燈台に灯された明かりの不安定な輝き。間仕切り代わりに垂らされた色とりどりの布は、給仕が通るたびに揺らめいて、動いた空気がまた、肺を香りに浸していく。そう広くない空間にあふれかえった色彩は、目眩を覚えるほどだった。
「落ち着かぬというのならこちらに来たまえ」
 険しい顔で卓に目を落とすアイオリアを、シャカは手招いた。むすりと黙りこんでいたアイオリアだったが、観念して腰を浮かせる。二人並んで壁を見て話すというのも奇妙だったが、このままでは気が散って仕方なかった。顔を上げたところで、丁度通りがかった、服とは呼べないような衣装を身に付けた給仕の女から目を逸らす。その一部始終を見ていたシャカが、おかしそうに笑った。
「こういう店は好かぬか」
「……むしろ、お前がこういう店を知っていることが意外だった」
「わたしとて常日頃訪れているわけではない。きみが話があると言うから場を設けたのだ。聖域において結界を張ってもよかったが、それではいかにも密談しているようではないか」
 シャカは痩身であるものの小柄とは言いがたい。シャカの隣に腰を下ろしたアイオリアは、予想した以上の距離の近さに居たたまれなさを感じた。店の雰囲気から察するに、この長椅子は密着せざるを得ない状況を作ることを目的として配されているのだろう。シャカは気にしていないようで、卓の向こう側に残されたアイオリアのグラスに手を伸ばしている。向かいに座ったシャカの声ですら集中しないと聞こえないようなざわついた店内だというのに、シャカの髪が肩から滑り落ちる音が耳に届いた。
「さて……話とはなんだね?」
 頬に手を添えられて、アイオリアは肩を跳ねさせた。
「シャ、」
「無粋だな。名を口にしないでくれたまえ」
 唇が触れそうな距離で囁かれて、アイオリアは口を開いたまま停止した。腰に回された手が、自分を倒そうとしていることを察して、どうするべきかとシャカの顔を見る。
 きみの容姿は目を引くのだ、と頭に声が響く。
「せっかく手に入れた獅子を余人に渡すのは惜しい」
「何をするつもりだ」
「悪いようにはしない。きみはそのまま楽にしていたまえ」
 この状態で話せ、という意味だと分かるまで、しばらくの時間を要した。むせ返るような甘い香りにすっかり慣れきっていた鼻に、シャカが纏う涼やかな香りを嗅ぐ。金糸に視界を遮られながら、話とは何だったか、とアイオリアは思った。

投稿日:2014年12月12日
シチュエーション先行で思いつき、内密の話の内容がないまま終わりました。