シオンと童虎
打ち負かされたまま寝転がっていた童虎が、むくりと起き上がった。顔には笑みを浮かべている。童子のような、満面の笑みだった。
「惚れた」
「は?」
「わしはおぬしに惚れたぞ!」
童虎は明朗に宣言した。
口をぽかんと開けたシオンは、自分がどれだけ間抜けな顔をしているか分かっている。分かっているが、どうしようもないのだ。
「何を言っている。頭でも打ったか」
「おお、打ったぞ。体術で負けるなどいつぶりじゃろうか」
「……惚れたとは何だ?」
頭をさすりながらなおも満足げに笑う童虎に、シオンは重ねて問う。それでようやく、童虎は自分の意図が通じていないことを知ったらしい。思案顔で腕を組む。東洋人らしいつるりとした顔が難しげにしかめられるのが、子供が大人の真似をしているようで、何やらおかしい。
「おぬしのために死ねるということじゃ」
「……懐かしいな」
永遠に続くかと思われる膠着状態を崩したのは、ふっとこぼれたシオンの笑みだった。
「童虎よ。お前と初めて会うた時も、なかなか勝負がつかなかったな。あの時はここまで長い付き合いになるとは思わなかった」
「あの時のおぬしの怒りぶりは今でも夢に見るぞ。女神の聖闘士を目指す者が何を言うのかと、」
釣られるように笑った童虎の笑顔は、別れたあの日と変わりない。もし今もまだ老人の姿だったとしても、その印象は変わらなかっただろう。
「お前の気持ちは、あの時と変わりないか?」
「おう。男に二言はない。わしはおぬしのためならば死ねるぞ」
「そうか。ならば今、ここで死んでくれ」
「言われずともそのつもりじゃ」
すっと空に手をかざしたシオンに対して、童虎が拳を構える。懐かしい天秤座の聖衣。その黄金よりも目映いギラギラとした瞳の輝き。シオンはいっそ恍惚としていた。
「わしの命に代えても、おぬしをここで止める!」
- 投稿日:2014年2月27日