シュラとアフロディーテ

 男の腕を切り落としたものが手刀だとは、切り落とされた本人を含め誰一人思わないだろう。男の叫び声を最後に――正確にはシュラが口にした「うるさいな」という一言を最後に、騒々しかった酒場はシンと静まり返っていた。
「馬鹿だな。こういう所では一発殴れば済むんだ」
「他所の流儀は知らん」
 戦闘時に見せる高揚も何もなく、池の畔でただ佇んでいるような顔をしているシュラの肩に手をかけながら、切られた男を見下ろしたアフロディーテは、場違いな軽さで言った。ゴミ溜めのようなこの場にまるで似つかわしくない美貌は、質の悪い明かりの下でも色褪せることがない。
 アフロディーテの視線を受けた男は息を呑んだが、それはアフロディーテの美しさゆえではなく、怯えによるものだった。無事でないのは右腕だけで、他の部分はどこも問題なく動くというのに、逃げようとしないのは腰でも抜けているのだろうか。
「お気の毒様。今から急いで医者に行けばくっつくんじゃないか?」
 この町にまともな医者などいるわけがない。最初は噴くようだった血も、時間とともに少なくなってきている。アフロディーテの言ったことはある意味死刑宣告だった。仮に生きながらえたとしても、イカサマは二度とできないだろう。
 アフロディーテの手を避けるようにして踵を返したシュラは、靴先を向けただけで割れる人垣の間を歩いて行った。

投稿日:2016年7月31日