賢人たちの日常

「上品な連中というのは、どうしてああも頭が固いのだ」
 毛足の長い絨毯が敷き詰められた廊下を歩きながら、トーマスは毒づいた。三賢人としての彼しか知らない者ならば目を疑うような、鷹揚さのかけらもない足取りだ。体を動かしている時のほうが頭が回る。それは人間であった時から続いているトーマスの主張で、ミハイルには「その説を採用するなら、普段の頭はほとんど動いていないことになるな」と混ぜ返されていた。
「ミハイルがいればここまで不快な思いはしないものを」
 奇しくもトーマスはアルバートと同じ人物、レギオンズ本部に残っているミハイルのことを思い描いていたらしい。
 三賢人が同時にレギオンズ本部を空けることは例を見ず、今回トーマスとアルバートの二人が連れ立って面会したことですら、滅多にないことだった。三賢人による面会は『自分は世界政府にとって重要な人物なのだ』と思わせ、自尊心をくすぐれる手軽で効果的な手段だったが、効果の理由が希少価値に依るゆえに使い勝手は今ひとつよろしくない。
「言ってやるなトーマス。あれが彼らにできる生き方なのだ」
 名家。人種の交雑が進み、人間とレプリロイドの垣根すらなくなった今では全く無意味な区分けだったが、そこに縋り付くことで己の矜持を維持している哀れな者は、不適合でありながらもしぶとく生き残っている。
 アルバートの声が届くギリギリのところを歩いていたトーマスは、足を止めて振り返った。トーマスが待っているからといって歩みを早めることもないアルバートを待ち受ける表情は、まだ過ぎ去らない苛立ちのせいか少し険がある。
「よく平気でいられるな」
「言いたいことは全て言われてしまったからな」
 アルバートが何でもないような顔で答えると、トーマスはいくらか不快そうな顔をした。ミハイルが目立つし表立っては口にしないから気づかれていないだけで、皮肉屋である自覚はある。誰にでもそうである分、ミハイルの方が性質としてはよいものかもしれない。
「立ち止まっていないで早く戻ろうじゃないか。いくら時間が無限だと言ってもミハイルを待たせるのは忍びない」
 戻ると言っても突き当たりにある扉を開けた先の転送装置に乗るだけだ。何もかもが便利になった代わりに、手持ち無沙汰でいられる時間がほとんどなくなってしまった。
 もう長く外の空気を吸っていない。
 アルバートは存在しないように見えるほど磨き上げられたガラスの向こうにある空を仰いだ。

投稿日:2016年10月10日