耳の話
てきぱきと、とても性交のためとは思えないような手際のよさで、プロメテはアーマーを外していく。自力で装着しているものなのだから解除が手馴れているのは当然としても、今までに見聞きした話を信じるのならば、こういう作業はもっと時間を要するものなのではないだろうか。プロメテに恥じらいを求めているわけではなかったが、パンツどころかズボンを脱ぐことにすら抵抗を覚えている手前不思議でならず、ヴァンはズボンに手をかけたまま首を傾げた。
「さっさと始めようじゃないか」
局部を隠すという発想はないらしい。ベッドの上に片膝を立てて座ったプロメテの文句は、場所をモデルVの前に変えたとしても違和感なく通用するだろう。元よりの悪相は、これからする行為のために暗くした明かりのせいで一層不穏さを感じるものになっている。
このまま待たせていると服を燃やされかねない。もちろん服だけ燃やすなんて都合のいい調整ができるはずもなく、中身ごと焼かれることになる。ヴァンは明日のニュースにならないために、ズボンとパンツをまとめて引き下ろした。
安さ重視で選んだベッドフレームの軋みは、近頃とみに大きくなってきていた。抗議するような音を聞きながら乗り上げたところで、ヴァンの目はプロメテの耳に吸い寄せられた。
カバーに覆われた下には『人間』と変わらない形状の『耳』がある。それは知識として知っていることで、実際に他人のものを見たことは一度もない。隠すものだという漠然とした認識は、分別というには曖昧で、そういうものなのだというお仕着せの常識だった。
ヴァンの視線を追ってプロメテはちらと目を横にやるが、当然ながら目視できる場所には何もない。
「なぁ、それ」
ヴァンは自分の耳を指さした。
「外してくれないか?」
「……外さないものだろう。必要もない」
「見てみたいんだ」
率直に興味を口にしたヴァンに対して、プロメテは何を言っているんだという顔をして、そのあと戸惑いと呼べるような表情へと眉間の皺を変化させた。こんな顔もできたのか。常に振り切れたような笑みを浮かべている、ある意味では表情の変化に乏しいといえるプロメテの反応の意外さに、ヴァンも思わず戸惑い顔になる。
「……外したければ外せ」
気まずさを覚える沈黙が続き、引こうとしたときになって、プロメテは言った。
「言い出したんだ。できないとは言わないだろう?」
驚くヴァンを追い込むように続ける。言葉の割に、顔はちっともよくなさそうだった。
顔の横に垂らされた髪に手を入れる。指の背にかかる髪の冷たさと、指の腹に触れるカバーのさらりとした硬さを感じながら、顔とパーツの隙間を指で探る。仕組みは変わりなさそうだ、とヴァンは自分のものを外すときのことを鏡写しにシミュレーションした。
「外すぞ」
返事はなかったが、プロメテの纏う空気が緊張したものになる。
いっそ口づける方が気楽かもしれない。釣られて緊張してきたヴァンは、できもしない、やる気もないことを思いながら、ぐっと手に力を入れた。
何の変哲もない耳だった。顔の皮膚と同じ色の肌、やたら複雑な曲線と薄い耳たぶ。自分のものですらじっくり見たことがないのだから、そういう意味での新鮮さはあるものの、見ていておもしろい類のものではない。見やすくするためか、それとも単に顔を背けているのか、恐らくは後者だろうプロメテの顔からは笑顔が消えていた。
「触ってもいいか?」
「いちいち聞くな」
持っていたパーツを左手に持ち替え、ヴァンはプロメテの耳に手を伸ばした。まずは軟い骨が描く丸みを指でなぞってみて、辿った先の耳たぶを軽く摘んでみる。ひやりとしてなめらかで、柔らかさのある感触は、安らぎなどほぼほぼ得られないプロメテの体にしては珍しく触り心地がよかった。プロメテが反応しないのをいいことに、親指でくぼみを撫でながら、裏側に二指を回す。耳の穴に指を入れるのはまずいだろうと直感的に思ったものの、このまま触り続けているとやってしまいそうな気がした。
思考が伝わったわけではないだろうが、プロメテは手を振りほどくには至らない程度に顔を動かした。
「もういいだろう」
触られ続けるのは快いものではなかったのだろう。違和感を拭い去ろうとするように耳を触る様子に、ヴァンは撫でた猫に毛繕いをされた時のことを思い出した。
- 投稿日:2018年7月8日