きっかけ

「な、甚壱君、ええやろ?」
 隣に座っているだけで温かく感じる子供の体温が、腹の上に乗っている。慇懃無礼を地で行く直哉の性格は、周囲の甘やかしが原因だと甚壱は思っていた。従兄弟という立場も、直毘人の「俺の息子だからといって遠慮するな」という通達もある。下にも置かない扱いが、年齢にそぐわないこの態度を生んでいるのなら、一度くらい殴ってやった方がいい。そう思いながら実行していないのは、人の子供の教育にまで気を回せる余裕がないからだ。
 実父他多数を殺傷して出奔した実弟、甚爾の一件の始末がようやくついて、地盤を固め直さなければならないこの時期に、当主の息子を相手に揉めるのはうまくない。直哉自身の力はまだないに等しいが、直哉を持ち上げ取り入りたい人間はいくらでもいる。
「……術式は、相伝だったか」
「みんなそれ好きやな。そうやで。父ちゃんと一緒」
「そうか」
 直毘人の性格からして、出来の今一つな息子を嫡男だからという理由で跡継ぎに据えることはないだろう。直哉を褒めそやす者たちが口にする、直哉が次期当主だという話はおべんちゃらだけではない。
 相手は声変わりどころか歯も生え変わっていない子供だ。柔い尻を押し付けられた場所は当然、まだ何の熱も持っていない。甚壱はできるかできないかを自分に問うて、できると結論づけた。
「いいだろう、乗ってやる」
「男やったらそうせんとな。タマついてるみたいで安心したわ」
 政治力よりも何よりも、今は捌け口が欲しかった。

投稿日:2021年7月17日