当主の息子

「顔が売れとるんも考えもんやで。知らん奴まで気安う話しかけてくる。面倒臭くてかなわん」
「直毘人がお前を連れ回したのはこのためだ。諦めろ」
 禪院家の請け負う仕事は上層部からの下達だけではなく、個人から直接入るものも多い。高専のルートに割り込むより安全な代わりに、呪霊の等級を見極められる人員がいるとは限らず、割に合わない依頼も少なくない。そうなると人的損害も大きくなるためにあまり受けたくないのが正直なところだったが、大所帯を支えるためにはそうも言っていられない。顔つなぎは重要な仕事だった。
「優秀な跡取りがいるというのは禪院家が盤石であるという宣伝になる」
 客は御三家のどこか、という選び方はしない。甚壱はもう随分と昔になるはずの、五条家に六眼が生まれた時の苦い気持ちを思い出した。
「そらポンコツの兄さんら呼ぶくらいやったら、パパの服着せたマネキン置くほうがマシやもんな」
「そのために四人目を仕込んだんだ。お前の術式が相伝だとわかったときの喜びようはなかった」
 車の後部座席に乗り込み、ドアが閉まると同時に言う。隣からは鋭い舌打ちが聞こえた。直毘人が直哉が生まれた日に家におらず、上に男三人いるせいで、誕生したこと自体にはどうという言葉もなかったことは有名な話だ。
「おもんないねん。おだててお愛想言わしたいんやったら最後までやれや」
「お前のお守りが終わったと思ったら油断した」
 もう一度舌打ちして、直哉は運転席を蹴りつけた。
「行き先変えて」
 このまま帰宅するという話だったのに、直哉が口にしたのは市内にあるホテルの名前だった。
「ねぎらいか?」
「アホか」
 手ずからの指導があった投射呪法の使い方さえ、自らが記した書の記述に過不足がないかを確認するための作業だった――と、事後に気が緩んだらしい直哉はこぼした。その話を聞いた時、そうだとも違うとも言い兼ねて、甚壱は相槌すら打たなかった。
 親子ほどの年の差だったが、父親代わりをしたことは一度もない。ただ、直哉を“抱いた”回数は直毘人より多いかもしれない。甚壱は会合がつつがなく終わったということだけ、直毘人に報告を入れた。

投稿日:2021年7月17日