「それはもう持ってるだろ」
ロマーノを一晩好きにできる権利が欲しい――というスペインの要求を聞いたロマーノは、眉を曇らせた。今現在、ロマーノの支配権はスペインの手の中にあり、了承を取る必要がないのはもちろんのこと、一夜と言わず千夜だって好きにできるはずだった。
ロマーノの指摘を受けたスペインは慌てたように弁明した。南イタリアの地を、民を含めての「ロマーノ」ではなく、一つの意思を持った個体としてのロマーノを自由にさせて欲しいのだと。
ロマーノはスペインの意図を理解できたわけではなかったが、それ以上の追求はせずに「何にしたって、やるって言った後だけどな」と薄く笑った。
ひとつ、またひとつ。まるで儀式のようにロマーノの服のボタンを外していったスペインは、全てのボタンを外し終えると、ひたりとロマーノを見据えた。そして、「脱いで」とただ一言、囁くように静かな声で言う。
スペインが脱がせるのではなく、ロマーノ自身の手で脱ぐようにと。
ロマーノは反抗することも疑問を呈すこともなく、腕を抜きさえすれば脱げる状態になったシャツを肩から滑らせ、落とした。
後頭部を撫で、背筋を辿って、脇腹の感触を確かめる。あっと言う間に探索し尽くせるようなロマーノの小さな体を、スペインはこれ以上ないほど丁寧に探っていた。ロマーノの首筋に吸いつくようにしっかりと口づけたかと思えば、額に、瞼に、頬に、撫でるように触れてゆく。吐息を直に吸えるような距離に留まり、逡巡するような間を開けてから、スペインはようやくロマーノの唇に自らの唇を重ねる。二度、三度、と唇を合わせる度に、体をまさぐるスペインの指に熱がこもってゆく。肌に触れられているのに、体の内側の、肺や心臓のあたりがくすぐったくなるような奇妙な感覚。ロマーノはどこに意識を向ければよいのか分からず、伏し目気味の視線を彷徨わせた。
やっと解放された唇にはまだスペインの感触が残っていたが、ロマーノはそれよりも、スペインの顔に浮かんだ迷子のように不安そうな表情の方が気にかかった。せっかく望みを叶えてやったのに、といくらかの不満を抱きつつどうかしたのかと尋ねると、スペインはくしゃりと顔を歪めて、ロマーノの手を押し頂くようにして自らの頬に当てた。
頬を擦りつけ、そして手のひらから指先、手の甲へと口づけていく。耳がむず痒くなるようなリップ音と湿った感触。指をねっとりとねぶられ、唾液に濡れた皮膚にスペインの吐息を強く感じる。ついに見ていられなくなったロマーノが目を閉じると、スペインの唇が瞼に触れた。
「……ひどいことしとるなぁ、俺。ロマーノは断られへんのに」
「嫌なら止めるんだな」
スペインは答えなかった。返事をする代わりにロマーノを抱き寄せた。しばらくロマーノを抱きしめてから、そのままゆっくり背中を倒す。自分の意思とは関係のないところで変わっていく重心に不安を覚えて、ロマーノはスペインに掴まった。
「乗かってしもて平気やで。いつも乗ってるやろ?」
ロマーノはスペインの背がベッドに着いてからも、足を突っ張ってスペインに体を預けてしまわないようにしたが、スペインの体を間に挟んだ不安定な姿勢で体重を支えるのは容易ではなかった。だるさを訴える脚と、笑いを含んだ声に促され、そろそろと力を抜いてく。腹に、胸に、ゆっくり広がっていくスペインの体温。力を抜ききる前にスペインに抱きしめられ密着させられて、ロマーノは体を強ばらせた。
「大丈夫やで」
聞き慣れた声音と背中を撫でる手のひら。ロマーノがおずおずと顔を上げると、スペインはにっこりと微笑んだ。あからさまな作り笑顔。自分を安心させるためだと分かっていても複雑だった。無意識に尖らせた唇を、スペインの指になぞられる。
「舐めて」
ロマーノは口元にあるスペインの手に目を落としてから、もう一度スペインの顔を見たが、取って付けたような笑顔を見て諦めた。小さく舌を出してぺろりと舐めてみる。美味いとは言えないし、そもそも食べ物ではない。それでもスペインがあまりにも期待した顔をしているものだから、ロマーノはそのままスペインの指を舐め始めた。口の中に差し込まれる指を、指の先から根本、指の股まで、喉奥に当たりそうな時には舌を出して、スペインに舐められた記憶をなぞりながら、懸命に、丁寧に。
「美味い?」
「美味い訳あるか」
「ははっ、そうやんなぁ」
させられているとは言え、明るく笑うスペインの瞳に見つめられるのが恥ずかしくて、ロマーノは顔を伏せる。「こっち向いてぇな」と言う声に仕方なく顔を上げても、やはりずっと見ていることはできず、時折確認するように目を上げるのが精一杯だった。その間にも、指は増やされたり、入れ替えられたりする。
肌で感じるスペインの体温は嫌いではないが、舌に触れるそれは好きではなかった。
「……まだ舐めんのか?」
「もうええよ。ありがとう」
指を引き抜かれ、思いがけず寂しさを感じた口に、今度はスペインの舌が入り込む。ぬるぬるした感触に驚いてロマーノは頭を引いた。驚きを浮かべたままスペインを見ると、スペインは苦笑しながら「すまん」と小さく謝った。そうして、スペインは触れ合わせるだけのキスに切り替えた。
慣れた感触に安堵を覚えたロマーノがキスを受け入れているうちに、スペインはロマーノの尻に手を伸ばした。尻たぶを持ち上げるように揉み、まんべんなく撫でる。内腿から尻までをゆっくりとさする。捜し物をするように何度も、力加減や動きのパターンを少しずつ変えながら。
「……スペイんっ」
体をまさぐられていたときと同じ落ち着かなさを感じて、声を上げようとしたロマーノの口に、スペインは再び舌を差し入れた。逃れようとする頭を今度は放さずに、抱き寄せて舌を吸う。
「待てよ……んっ……うぅ……」
ロマーノは呼吸さえもままならないままスペインの舌を味わい、味わわれた。目を開けていても狭すぎる視界にはスペインの顔以外映らず、しかし無防備に目を閉じる気にもならない。意識の置き所が分からず困惑するロマーノを宥めるように、スペインの手がロマーノの背中を撫でた。
「大丈夫、大丈夫」
いつの間にかまた固くなっていた体をスペインに解かれる。そして再び口付けられた。
得られる情報といえばスペインから与えられるものだけ。ぼんやりと霞がかかった頭で、自分の身に起こっていることを他人事のように感じ始めていたロマーノは、あらぬところを触るスペインの指によって一気に現実に引き戻された。くすぐるように肛門を撫でるスペインの指に、尻を揉まれる以上の据わりの悪さを感じて、無意識に身をよじらせる。「ロマーノ」と咎めるように名前を呼ばれても、顔を見せてなどやるものかとスペインの首元にかじりついた。
スペインはそれを好都合だとばかりに、ロマーノを抱いたまま寝返りを打った。ロマーノがどすんと落ちてしまわないよう腕で支えながらそっと横たえ、その上に覆い被さる。
そして、指先を奥まった場所に押し当てた。
「……ッ」
ぬるりと何の抵抗もなく入り込んだスペインの指に、ロマーノは驚き、体をわななかせた。緩やかに抜き差しされる度に、じわじわと足下に潮が満ちていくような不安感が増していく。縋るような視線をスペインに向けると、近づけられたスペインの唇は頬にも目元にも触れず、耳たぶを咥えて舐めた。
「ええよ、すごく。ロマーノがいっぱい舐めてくれたからやなぁ」
リップサービスと察して眉をぴくりと動かしたロマーノに、スペインは「ほんまやで」と繰り返した。