具体的なシーンはありませんが、甚壱と直哉がセフレです。
ブランニューデイ?
朝寝と呼べる時刻の起床であっても、蘭太の「おはようございます」には全く含みがない。座礼をする蘭太の頭を見た甚壱は、お前はもう雑用をするような立場ではないだろう、という言葉を飲み込んだ。
「……直哉か」
「はい、直哉さんから言いつかりました」
蘭太の性格上、正面を切って直哉に逆らうとは思えなかったし、そう躾けたのは自分だ。甚壱は昨晩使ったまま放置しているコンドームとローションを横目で見る。
夜半から始めた行為を終えた後、直哉は「今から出なあかんねん。時間つぶしに付き合うてくれて助かったわ」と珍しくすんなりと身支度を調えた。甚壱は何の予定もない日で、直哉に「ゆっくり寝てな」と言われずとも、面倒ごとの起きない穏やかな休日を過ごす気でいたが、まさか支度に蘭太を寄越すとは。あいつは余計なことしかせんな、と常に腹に一物あるせいで企みが読みづらい直哉の顔を思い浮かべる。
「お湯は沸いています。どうぞおいでください。お食事はいつも通りでよろしいですか?」
「ああ」
蘭太はタオルや浴衣を重ねた一式を差し出した。情事の痕跡など目に入っていないような平然とした顔をしていたが、瞬きが不自然に多い。
「次があったら断れ。示しがつかないからやめるように俺が言ったと言えば、直哉も諦める」
「はい」
「……蘭太?」
受け取ろうとした着替えに軽い抵抗を感じて名前を呼ぶと、この短い間に考えごとをしていたらしい蘭太はハッとした顔で手を離し、焦りながら詫びる。蘭太の耳たぶがうっすら赤くなっていることに気付いて余計に気まずさを感じた甚壱は、心の中でもう一度直哉に文句をぶつけた。直接言ってやりたいが、どうせ直哉はもうこの計画に対する興味を失っている。反応するだけ時間の無駄だった。
「……あの、甚壱さん」
行きかけた甚壱が足を止めて振り返ると、蘭太がじっと甚壱を見上げていた。
直哉の悪たれ口を容れるわけではなく、ただの事実として、甚壱の顔を正面から見据える者は少ない。蘭太がまっすぐに見てくるのは、小さい頃から面倒を見ていたことの名残か、それとも術式に起因する癖か。長じてからは一時、他の多くの者と同じように遠慮がちな態度になっていたが、炳に属するようになってからは再び距離が近くなった。それを元に戻ったと表現する程度に、甚壱は蘭太が見せる親しさを好ましく思っている。
「どうした」
「……俺じゃだめですか?」
甚壱は蘭太の発言の意図を取り違えることなく受け取って、ぐっと眉間に皺を寄せた。
蘭太が甚壱の機嫌を見誤ることはない。甚壱の表情の変化が困惑からくるものであることを正しく理解して、怯むことなく言葉を重ねる。
「俺、何だってできます。甚壱さんになら何をされても構いません。ただの処理だって言うなら、俺のほうが都合がいいと思うんです」
いつまで経っても世間ずれしない性格が、駆け引きに不向きなことは知っている。甚壱は癖になっている裏読みと損得勘定を打ちやって、蘭太を極力悲しませない返事を考える。伝え方に違いはあれど、突き詰めれば蘭太とセックスするかしないかの二択だ。
「……念のために聞くが、誰から聞いた」
「直哉さんです」
当然と言えば当然の答えだった。甚壱は三度直哉を罵った。
たとえ行為を一年先送りにしようと、蘭太はその場しのぎの返答をされたなどとは考えないだろう。だが呪術師という生き方には不測の事態が付き物だ。下手に気を持たせるようなことを言って不安にさせるのは本意ではない。
その場で蘭太を風呂に連れるという年甲斐もない性急さの釈明を、自らの胸の内のみで終えた甚壱は、風呂に入っている間に整えられた布団に蘭太を引き込んだ。浴衣を脱がせ、束ねた髪を解いてやってもなお、このまま昼寝でもさせたほうが似合いなのではないかという考えを否定しきれない。
「甚壱さん、お食事はいいんですか?」
「……待てるのか?」
「待てます」
寝転がった状態で問いかけられ、甚壱が今言うかと思いながら問い返すと、尻の中を洗ってやっている間の弱りきった表情とは違う、素裸であること以外いつも通りの真摯さで蘭太は頷いた。
「食ってきてもいいが」
「では」
「自分で慣らせるか?」
甚壱は蘭太の膝をぐいと押して脚を広げさせた。鼠径部を撫でてから、洗う他はまだ何の手も加えていない粘膜の窄まりに指を宛てがう。下準備をしたとはいえ、排泄するための場所という認識が依然として強いからか、蘭太の目に微かに戸惑いが浮かんだ。
「ここを指で少しずつ拡げていく。俺のチンポが入るようにだ。俺が飯を食っている間に、一人でできるか?」
親指の腹で肛門を軽く押しながら噛んで含めるように言うと、蘭太はきゅっと唇を真一文字に結んだ。自分では駄目かという発言が、どこまで想像した上で出たものかは分からないが、この瞬間、蘭太の頭の中ではこれから行うことがはっきりとした像を結んでいるはずだった。
――さてどうするか。
甚壱は蘭太の出方を窺った。奉仕一辺倒の女や、流れが出来上がっている直哉との間にはないおもしろさだ。初物食いの趣味はなかったが、物思わしげに眉をひそめる蘭太が考えていることを説明させ、その通りにしてやるだけでも楽しめそうだった。
甚壱の思惑など知らず、軽く息を吸い込んだ蘭太は、決然とした顔で甚壱を見た。
「できます!」
任務を受けるときと変わらない、あまりにも陰りのない返答だった。甚壱は無言で手を伸ばし、蘭太の髪をわしわしとかき混ぜる。
「わっ、なんですか」
手を振り払いこそしないが、飯の話で場を乱した張本人が、場にそぐわない子供扱いを咎めるような目をする。脱いだ浴衣を畳もうとした時点で蘭太が望む「直哉の代わり」は無理だという結論は出ていたが、これはこれでよかった。
「飯は後回しだ」
なぜと聞きたげな目を向けられたが、甚壱は事情を説明するのはやめにして、蘭太の耳の後ろに手を滑らせた。くすぐったそうに竦められる首が逃げないように、逆側の頬に手をやって顔を上げさせる。性感には至らないために頭を撫でられる延長と思っているらしく、幼い頃と変わらない笑い方をしていた蘭太は、細めたままの目を甚壱に向けた。
「甚壱さん」
「ん?」
「キスは、しますか?」
「……お前は?」
「甚壱さんのお望みの通りに」
直哉としているときには口が暇になったらする程度だった。蘭太の口から聞く「キス」とは毛色が違う、口唇を使うという共通点があるだけの別物だ。
「……するか」
「分かりました」
キスとはこんな風に断りを入れるものだったかと思いながら、甚壱は目を閉じた蘭太に顔を近づける。行儀よく閉じられた唇を吸うと、控えめに吸い返される。そのたった一往復で目を開けた蘭太は、かち合った視線に照れくさそうに笑った。
慣れれば快感を得られるようになると伝えたからか、甚壱の指に内側を触れられる感覚を気持ちいいと思い込もうとしていた蘭太も、肛門に陰茎の先端を押し当てると流石に緊張した面持ちになった。それでも広げた脚を閉じようとはせず、むしろ甚壱が挿入しやすいように腰を浮かせる。
勃起はするものの、前回してから半日も経っていないために気分の上では余裕がある。逐一返ってくる物慣れない反応をおもしろがりつつも、大事にしてやりたいという思いを強めていた甚壱は、あまり辛いようなら後日に改めてもいいと考えた。痛みに対する無理が利くことは知っているが、今その必要はない。
「痛いときは言え」
「はい」
始めたときに比べて随分と懐いた肛門は、押し付けた力の分だけ甚壱を受け入れる。カリ首を押し込む最後の一息の前に、甚壱は置物のように静かな蘭太の様子を窺った。抜くときの引っ掛かりが大きくなるために、やめるなら亀頭を収めきっていない今退くほうが蘭太の負担が少ない。
「大丈夫か?」
「平気です」
不安そうな表情の割にはっきりした声で答えた蘭太は、甚壱の目を見つめたまま、太ももを押さえる甚壱の手を探り、遠慮がちに指先を重ねてくる。子供の頃にしてやったように手を取ると、平気だという言葉の通り、血が巡っている温かさがあった。
「……甚壱さん」
郷愁に足を取られて不自然に生まれた間を埋めるように、するりと指を絡められ、手のひらを合わせて握られる。
「何をされてもいいというのは本当です。どうぞ、好きに使ってください」
自分のものより一回りも二回りも小さいために錯覚しそうになるが、蘭太の手は大人の男のものだ。昔とは違う骨のしっかりした厚みのある手を握り返し、甚壱は甚壱の気持ちの問題でしかなかった一息分を押し入れる。安心したように息を吐いた蘭太は、甚壱の手をぎゅっぎゅっと握った。
――好きに使えと言いながら、お前は。
励ましとも催促ともつかない合図を受けて、甚壱はそのままゆっくりと腰を進める。陰茎が擦れる気持ちよさよりも、握った手の熱が愛おしかった。
「はっ……ぁ、……んんっ………気持ちいい、です……っ」
甚壱が腰を使うたび、自己暗示をかけるように気持ちいいと繰り返す蘭太の声には、確かに苦痛の気配はない。枕に散った黒髪に縁取られ、常よりも白く見えていた耳は今や真っ赤に染まり、触れれば先程とは違う反応が見られるのではないかという興味をそそられる。
「そんなに枕が好きか?」
追い詰めていくうちに、すっかり枕に縋りつくようになってしまった蘭太をからかうと、蘭太は今気づいたという顔で甚壱を見る。本来の用途の通り頭の下に敷いている枕からぱっと手を離したものの、空いた手をどうすればいいのか分からないのだろう。蘭太の片脚を引き上げるようにして持ち上げている甚壱に、助言を求めるように目を向けるが、悪戯心を起こした甚壱が答えないでいると、諦めたように頭の横に手を落とした。漏れる喘ぎ声を飲み込んで、悲しそうに目を伏せる。
「すまん、意地が悪かった」
甚壱は蘭太の脚を下ろして身を乗り出し、拾い上げた蘭太の手を首の後ろに回させる。
「俺に構ってくれ」
「はい……っ」
甚壱に伸し掛かられる形で身体を折り曲げさせられた蘭太は、律動のたびに押し出されるように息を吐きながら、躊躇いがちに甚壱の髪に指を入れる。他人に首筋を触らせるというのはこういう場でしかしないことだ。甚壱は蘭太の顔を掴んで横を向かせると、先の疑問を解消すべく耳介を口に含んだ。
「ひゃっ」
色気のない声に構うことなく舌を這わせ、薄い肉に軽く歯を立てる。温度の低いはずの耳たぶは、色付いた見た目の通り他の部分と変わらない熱さになっている。頼りない軟らかな骨と肉を噛み切ってみたい衝動を別所で発散すべく、動き方が分からないために動けないでいる蘭太の後穴を穿つ。柔らかく包み込むように馴染んでいた肉が、ぎゅうと搾るように締め付けた。
「ふっ……うあ……ぁあっ……」
蘭太は甚壱の肩をぐっと掴んだ。傷つける気でやらなければどうにもならないというのに、加減された指先の力から感じる配慮がまどろっこしい。
「じんいちさ、っ耳は……ッ」
「好きにしていいんだろう」
甚壱が快感を得るには物足りない、緩やかで単調な抽送を繰り返すだけで、蘭太は息を震わせる。
「俺は……気持ちいいですけど……ッ、甚壱さんは……っ」
「俺も楽しんでいる」
甚壱は真っ赤になっている蘭太の顔を正面に戻させて、緩んでいる唇を塞ぐ。息を整えようとしていた蘭太はぴくりと体を震わせたが、大人しく甚壱の舌に舌を絡めた。拙い息継ぎでは酸素の供給が追いつかないらしく、とろんとした目で甚壱を見る。
「お前がイッたら飯にするか」
「なんで俺なんですか?」
「前にしろ後ろにしろ、たぶんその方が早い」
◇
「甚壱さん、一度もイけてないですよね」
「ちゃんと出しただろう」
「自分でやったじゃないですか。せめて俺にさせてくれたらいいのに」
「お前で抜いたんだからお前がやったようなものだ」
湯船に沈みかけてからというもの、抵抗する気力が尽きたらしい蘭太は、大人しく甚壱に髪を拭かれていた。疲れているくせにぴしりと伸ばされた背中からは納得していない空気をひしひしと感じたが、口にしないということは反論できるだけの材料がないのだ。諌める人間の必要性は説いてあるから、蘭太は何でもかんでも従うわけではない。
「次に期待だな」
甚壱が言うと、蘭太は意外そうな顔で振り返る。
「次も使ってくださるんですか?」
「なんだ、違うのか?」
「いえ! 精進します!」
いつになく慎重な動作で向き直った蘭太は、今朝見たものよりもぎこちない座礼をする。解いたままの髪がはらりと落ちて、見慣れたはずの姿を違うものに見せる。
しかし、おっと思う間もなく、蘭太は普段どおりの快活さで立ち上がった。
「お食事の準備、知らせてきますね」
「昼には早いが食えるだろう。お前も付き合え」
「はい。それではご相伴に与ります」
一度抱いたくらいで色気は出ないものだなと、ほっとするような残念なような気持ちで、甚壱は襖の向こうに消える蘭太を見送る。髪紐を返してやり忘れたことに気づいたが、どうせ戻ってくるのだからとそのままにした。
廊下では、首筋をくすぐる髪に髪紐を解かれてからの一連を思い出した蘭太が、取りに戻ることもできずに赤面していた。
- 投稿日:2021年7月4日