仏頂面の理由
小瓶を打ち合わせた音は、中身が入っているために響かない。喉を通る軽い炭酸、遅れて抜ける清涼感。初めて目にするラベルのビールは、飲み口がさっぱりしすぎて少し物足りない気がした。
「付き合ってくださってありがとうございます」
「いいや。俺も興味があった」
興味があるのは店そのものではなく、蘭太の好みにだったが。
昼に入る店にしては暗く思う店内。流れる音楽も、壁に貼られたポスターも、異国情緒を感じさせる。和食か中華か洋食か、甚壱の選択肢は知る味になりがちだ。接待要素を含まない、若年者の手配による食事など滅多にしないために、今どきの若者らしい好みなのか、蘭太特有の嗜好なのかは分からない。
「甚壱さんのお口に合うといいんですけど」
「大体のものは食える。それに今までの店はうまかった」
「ありがとうございます!」
蘭太はぱっと顔を輝かせた。
今日の蘭太が着ている服は甚壱が買ったものだ。甚壱は蘭太に言われるまで買ったこと自体を忘れていたが、思い返してみると、その時の喜び方は今のような明瞭なものではなかった。甚壱は蘭太との付き合い方のコツを胸に書き留める。
突き出しのスナック菓子を摘む蘭太は、過剰に大人びてもいなければ、子供じみてもいない。順調に、年齢なりに育っている。
どうして蘭太が自分を好いているのかと首をひねる甚壱の中に、卑下する気持ちは微塵もない。ただ事実として、恋情を抱くには年が離れすぎていることが疑問としてあるだけだ。現に甚壱から蘭太へ向ける感情は、同じものを返せているとは言いがたい。
何か興味を引かれるものがあったのか、視線を横に流した蘭太が、甚壱の方に戻した目を、恥じらいを含んだ笑みと共にテーブルに落とす。
「こうしてデートしてるの、夢みたいです」
感極まったような声だった。昼飯時に向かない話だと自覚したらしく、再び甚壱の目を見て照れ笑いをする。
「甚壱さんが目の前にいると、にやにやしてばかりでちっとも締まりません」
甚壱から見れば蘭太はにこやかなだけだ。間違ってもだらしがないとか、軽薄そうだとか、卑しまれるような表情はしていない。
とはいえ、否定するのも違うだろう。甚壱は蘭太が嬉しそうにするのを見た時に起こる、くすぐったいような感覚を思った。
「……腹に力を入れるといい。俺はそうしている」
「甚壱さんにもあるんですか?」
「今がそうだ」
目を丸くした蘭太が口を開く直前、都合よく料理が運ばれて来た。反射的に蘭太が店員に礼を言う。
このままうやむやになってほしいと甚壱は思った。
- 投稿日:2022年8月27日