近頃の若者

「お前は全く無防備に部屋に来るな」
 甚壱の溜め息にきょとんとした顔をした蘭太は、瞬き一度を挟んでようやく言われた意味を理解したらしい。軽い笑い声を立てながら破顔した。
「甚壱さんはそういう人じゃないでしょう」
「信用は結構だが、俺の気分にもムラはある」
「言っても甚壱さん、無理やりするようなのは趣味じゃないじゃないですか」
「……」
 甚壱が黙っていると、意外そうな目が向けられる。首が傾いでいるのは疑問のためか、それとも単に斜めの位置に座して甚壱を見ているからなのか。平時の蘭太の仕草に作ったところはないために、恐らく後者だろう。
「あれ? お好きでした?」
「俺はお前にそういう話をした覚えがない」
「はい、聞いてません。……信朗さんあたりをお疑いになるかと思っていました」
「残念だったな」
 甚壱が言っても、蘭太の顔には予想が外れたことに対する照れがあるくらいで焦った様子はない。
 人の気も知らないで。
 甚壱はもう一度溜め息を吐いて、蘭太が持ち込んだ封書の束を仕分けに掛かる。どれも急ぎではないし、適当な使いを立てて持たせればいいようなものだ。
 甚壱の誘いに対し、蘭太が何を思って「考えさせてください」と気を持たせるような答え方をしたのかは分からない。――分からないことにしている。甚壱としては蘭太が断ったからと言って扱いを変える気はなかったが、甚壱の心構えなど蘭太の知るところではないのだ。甚壱を袖にしたときの不利益を考えるのは当然のことだろう。蘭太が甚壱が蘭太に抱いた興味など忘れたような顔で接してくる、それを返事だと捉えるべきだった。
 最後に一通、妙な手触りの封筒があった。表書きの筆跡に見覚えがある気がしたが、特徴と呼べるほどの達筆でも悪筆でもないせいで、具体的に誰とは思いつかない。
 封筒を裏返した甚壱は、すぐそこにいる差出人の顔を見た。
「何だこれは?」
「開けてください」
 口元だけで笑った蘭太は、自身の膝に置いていた手を甚壱の手の中にある封筒に向けた。
 ペーパーナイフを差し入れて、開けた口から中を覗き見る。手触りから予想した通りに手紙ではない。詰められた物の正体を明らかにすべく封筒を傾けると、連なったままのコンドームのパウチが手の上に滑り落ちてきた。
「……」
 色だけ見れば四種類。甚壱は湧き上がる困惑に眉を寄せながら、もう一度蘭太を見る。世代を隔てているせいだろうか。駆け引きと呼ぶには直接的すぎる。
「……そういう意味と取るが」
「相性が悪いことも考えられるので、回数券代わりということでお願いします。サイズ大丈夫ですか?」
「ああ」
「今使います?」
「……いや」
 気分にムラがあると言ったのは牽制であって本気ではなかったが、今まさにそのムラによって気が萎えている。蘭太の用途を思いついたときに抱いていた興奮は鳴りを潜め、困惑が頭を占めている。
 蘭太を下がらせて、ゆっくりと頭を抱えたい。
 甚壱が望みを言う前に、蘭太は心得たとばかりに一礼する。敷居をまたいだ先でもう一度座り、障子に手をかけながら言う。
「散々検討したから盛り上がっちゃって、あまり待てないかもしれません。お早めにお願いしますね」

投稿日:2022年2月12日
甚壱からの片思いで終わると力関係的に怖くなるからつい蘭太に応じさせてしまう。相性は双方の体の相性です。コンドームの好みではありません。そんなものは今後二人で選んでくれ。