恥ずかしいこと

「手はどこにやればいいですか?」
 促されるまま布団に体を横たえた蘭太は尋ねた。勝手が分からない身で、下手に甚壱に触れれば邪魔になる。かといって手持ち無沙汰でいるのも芸がない。聞くは一時の恥だと自分に言い聞かせた。
 聞かれた甚壱はほんの一瞬だけ考える素振りを見せると、蘭太の中途半端に浮いた手を取り、蘭太自身の頭の横に据えた。万歳よりも低い位置。眠る赤ん坊がしているようなポーズだ。
「ここだ」
「ここ……ですか」
「ここから動かすな」
 からかわれているのではないだろうか。
 蘭太は気を紛らせるため、そして冗談という確証を得るために、今までに見たことのある「そういった映像」を思い出そうとするが、甚壱に首筋を吸われたことで思考が停止する。手首は未だ甚壱の手の中にあり、指示を念押しするように力を入れられて、動かすという選択肢はなくなった。甚壱は基本的に冗談を口にしない。そういうものなのだと飲み込んだ蘭太は、じわりと頬が熱くなるのを感じた。
 甚壱は皮膚の薄い部分を唇で吸いながら辿っていく。手を繋ぐとか、抱き合うとか、キスをするとか、恋人一般がするスキンシップを取ったことはあったが、この場で与えられる刺激は今まで交わしたどれとも違っていた。ちくちくと擦れる髭も、手首を離れて脇腹を撫でる皮膚の硬くなった手のひらも、知っているものとどこかが違う。
「……っ」
 膝頭を掴まれ、足を開かれる。稽古よろしくがばりと取るのではなく、抗おうと思えばできる力加減で動かされたのが却って気まずい。緊張した筋肉をなだめるように内側の筋を押し撫でられ、蘭太は息を呑んだ。端から服は着ていない。その上で、隠したい部分の全てを甚壱に見られている。体の内側で渦巻く恥ずかしさは尋常ではなかった。
「甚壱さん」
 沈黙に耐えかねて名前を呼ぶと、甚壱は顔を上げた。問いかけるような目を向けられたものの、伝えたいことは何もない。むしろ平然とした目に捉えられ、恥ずかしさが増しただけだ。
 呼んでおきながら沈黙する蘭太を訝しんだのか、甚壱は自らの顎をさすった。
 場違いか似合いか、蘭太は甚壱の顔が好きだと改めて思う。夜中らしい静寂が支配する部屋の中で、自分の心臓の音ばかりがうるさい。込み上げる衝動に任せて甚壱に抱きつきたかったが、指定された位置から腕を動かさずに遂げるのは不可能だ。蘭太は仕方なく、ゆっくり息を吸って吐いた。
 平常心でいるのが無理なら、いっそのこと割り切って淫らに振る舞えればと思ったが、手のやり場すら分からないのではどうしようもなかった。甚壱がしてくれた愛撫を返すことに興味はあるが、申し出るタイミングが掴めない。
 いよいよという場所に触れられて、蘭太は視線を彷徨わせた。床置きの照明のぼんやりとした明るさに慣れて、部屋の様子が見えるようになっていたが、見えているだけで、真に気になるのは蘭太から見えない甚壱の手元だ。感じる感情の高ぶりは、性的興奮ではなく羞恥なのではないかと思う。
「……呪力は乱れないな」
「どこ見てるんですか!?」
「すまん、つい」
「変なところを見ないでくださいよぉ……」
 甚壱に師事していた過去はあれど、この場で練熟の度合いを見られるのは純粋に恥ずかしい。揺らいでいた感情が日常側に大きく振れたおかげで、素っ裸で寝転がり股を広げている恥ずかしさにも拍車がかかった。これ以上ない「エッチなこと」が我が身に起きているのに、恥ずかしさが勝って雰囲気に乗りきれない。
 正気と色欲の狭間で揉まれながら、蘭太は受け身になりすぎている自分を顧みた。
 勝手が分からないから何だ。求める成果は決まっているのだ。
 蘭太は腹をくくった。
「甚壱さん、もう一思いにやってください!」
「無茶を言うな。まだ指一本しか入らん」
「そんな」
 出鼻をくじかれて、蘭太は言葉をなくした。甚壱が言葉を証明するように手を動かし、漏らしたとしか思えない感覚に焦るも、甚壱の「動くな」という言葉を受けて体勢を堅持する。
「あの、甚壱さん。自分でやって、後日お伺いします」
「つれないことを言うな。過程も楽しませてくれ」
「……甚壱さん、筋肉お好きですもんね」
「どこが鍛えられているか教えてくれるか?」
「それは嫌です」
 蘭太はあらぬ場所に感じる違和感を逃すべきか、それとも仔細に追うべきか迷って、目的を再確認する。いずれここを働かせることになるのだ。追うべきだった。
 下肢に意識を割り振ると甚壱の体温が如実に感じられて、早くも顔を覆いたくなった。

投稿日:2023年04月18日