スマホの待ち受け

「甚壱さんっ!」
 来訪の連絡は、テキストメッセージによる一報のみだった。
 甚壱が教えた通り取り次ぎを頼むことなく庭から訪ねてきた蘭太は、勧めれば腰を下ろしたものの、甚壱が茶の支度を言いつける間中そわそわと落ち着きがない。様子のおかしさにあえて差し置きたくなる気持ちを抑えて、甚壱は視線を戻して水を向けた。
「どうかしたか?」
「甚壱さんの待ち受け、変えさせてください!」
 蘭太は身を乗り出すようにして言った。
「この間変えたところだろう。それに俺はこれが気に入っている」
 案の定の申し出だった。甚壱が蘭太の分かりやすさをおもしろく思いながら断ると、蘭太はショックを受けた顔をした。
 甚壱のスマートフォンの待ち受け画面は今、蘭太の写真になっている。初期設定のままだと知った蘭太が、ふざけて設定したものだった。
 その時こそ甚壱は文句を言ったが、蘭太が去った後に開いてみると、恋人の顔が手元で見られるというのは悪くない。季節柄二人共多忙で、直に顔を合わせる機会が少ないとなると尚更だった。
 蘭太がショックを受けているのを見た甚壱は、まさか変更を承諾すると思っていたのかと、蘭太の読みの確かさを知るだけに意外に思った。好きなものが手元にある心地よさは蘭太の蛮行のおかげで得た知見だったが、蘭太が甚壱の写真を持っていることは知っている。蘭太は公正な男で、人にやめさせておきながら自分はいいと嘯くタイプではない。
 蘭太はややもするとショックから立ち直ったらしく、じりと膝を進めた。
「ふざけすぎました。お詫びします」
「謝る必要はない。俺の方こそ礼が遅れた」
 頭を下げる気なのか、膝の上にあった手を前に滑らせた蘭太を甚壱は制した。
「待て。男がそんなことで頭を下げるな」
「そんなことじゃありません」
 蘭太はきっと甚壱を見た。
「俺のことは構いません。甚壱さんが浮かれていると言われるのは嫌です」
 正しくそんなことだ、と甚壱は思ったが、口には出さなかった。蘭太の目にどう映っているのか、向けられる尊敬は面映ゆいほどだったし、他者の評を適当に流せない一本気なところも若者らしくていい。
「年長者として言うが蘭太、お前はまだ若いんだ。好いた相手といて浮かれないようなやつとは付き合うな」
「年のことを言うならわがままを言わないでください」
 間髪入れずに返されて、甚壱は自分の顎を撫でた。髭を生やすようになってから付いた癖だ。
 愛想を尽かされることはないだろうが、ここらで引かなければ次から蘭太は悪ふざけひとつにも慎重になるだろう。しかし蘭太の写真を外すのは簡単なものの、顔を見られる機会が減るのはつくづく惜しい。与えておきながら取り上げるなど、と恨みそうになる。
「甚壱さん」
 焦れたように蘭太が名前を呼ぶ。普段は意志の強さが見て取れる眉がしゅんと下がっている。
 写真はいいが、生で見る方がもっといい。
「変えれば俺のところに住むか?」
「要求を大きくしないでください」

投稿日:2023年4月12日