自由研究
「蘭太先生はお疲れのご様子だな」
甚壱の言葉を聞いた蘭太は、むっと口を尖らせた。布団の上にあぐらをかいた甚壱を見る。
「甚壱さんまでそんなこと言う。みんな俺で遊びすぎですよ」
年長の子供が年少の子供の面倒を見るという習慣が平成の世でも機能している禪院家だったが、甚壱が早くから蘭太を任務に連れ出していたせいで、蘭太自身はそのシステムへの馴染みが薄い。欠員を埋めるという形で、術式が明らかになって間もない子供も含まれるグループへの指導を急遽任ぜられた蘭太は、慣れない仕事でへとへとになっていた。体に残った疲れは、呪霊を相手に走り回ったのとは異なる後の引き方だ。
「疲れているのは本当だろう。やめておくか?」
鈍い動作で袴と長着を脱ぎ終えた蘭太に、既に脱ぎ切っている甚壱は気遣わしげに声をかける。
「……この間の仕返しですか?」
「気遣いだ」
「俺もそう言いました」
「じゃあ答えも同じでいいな」
甚壱は座ったまま両手を広げた。
甚壱の隣にいるときこそ小柄に見えるものの、蘭太の身長は膝に乗せるのに適したものではない。攻撃への転用がしづらい術式を補うべく鍛えているため、体重は言わずもがなだ。しかし、甚壱は蘭太については抱き上げる大きさ・年齢に制限を設けていなかった。
襦袢と肌着をひとまとめに脱ぎ、むくれた顔で甚壱ににじり寄った蘭太は、いつもなら体重を逃しながら膝に乗るところを、甚壱の首に思い切り抱きついた。
「大きくなったか?」
「ほとんど変わってませんよ。もう止まるかも」
ぐらつくことなく抱きとめる甚壱の体幹の強さを恨めしく思ったが、ささくれた気持ちは密着した面から抜けていってしまい、長くは続かなかった。
甚壱にパンツを脱がされながら改めて座り直し、ほっと息を吐いた蘭太の背中を、甚壱は撫でた。
「急に行かせて悪かった。だが、相伝の術式でなくても指導のノウハウが蓄積されているのがうちの強みだ」
「親と全然別系統で腐っちゃう子っていますからね。機会は平等にと言いつつも、親に術式がなくて傍流でってなると子の扱いも違いますし。俺は甚壱さんがいたからそういうの知らないで済みましたけど」
「相伝でない繋がりで扇が目を掛けてやればいいんだが、苦労した分だけ伸びると思っているタイプだからな。扇のやり方を否定はしないが、お前に教われる者は幸運だ」
「俺は誰かに似て甘いですから」
慰撫する手の動きが徐々に怪しくなっていることに気づきつつ、蘭太は素知らぬフリで話を続ける。そのつもりで訪れた甚壱の部屋だったが、たまには甚壱もじれればいいと思った。
「対象を硬直させるっていう俺の術式とは違いますけど、効果範囲が近い子がいましたよ。視野に収まる範囲に対して、頭数で割った威力で発動するんです」
「ものになりそうか?」
「まだなんとも。俺のは対象の呪力の多寡に関係なく作用するから、呪霊や術師以外にも使用できますが、その子のがどうなのかは今日だけでは判断がつきません。方向を過たずに伸ばせればいいんですけど」
すくい上げるように乳首に触れ、転がしてくる手から逃れるように蘭太は身を引いた。甚壱を軽く睨むと、心外だというような顔で口を尖らせられて笑ってしまう。近づけられる甚壱の唇を蘭太は受け入れた。性懲りもなく乳首を触る手も、今度は好きにさせる。
「また行ってくれるような口ぶりだな」
「禪院家のためです。求められればどこなりとも。それに子供の発想は柔軟ですから、自分の術式の解釈を広げるヒントが得られるかもしれません」
蘭太は血が充ち始めている甚壱のものに手を触れた。舌の上に蘇る口に含んだときの感触を思い返しながら、支え持つように五指を添わせる。
「俺の術式の、視界に対象を収めずとも相手と目を合わせることで発動できるっていうのは後で発見したものですしね。対象が一体に限られるし、呪霊と目を合わせるのは面倒くさいので普段は使いませんけど」
蘭太は至近距離にある甚壱の瞳を見る。甚壱がぐっと眉間に皺を寄せるだけで済ませたのは、急所を掌握されているからではない。付き合ってくれる気なのだ。
「元々自分の術式に詳しい人相手の開示に効果があるか、ちょっと気になってるんですよ」
「効果があったらどうするんだ?」
蘭太は甚壱のものを握ったまま視線を宙に彷徨わせ、再び甚壱の目を見返した。
「今日は全部俺にやらせてください」
- 投稿日:2021年8月6日
- 蘭太の術式がまったく分からないのに開示するの難しかったです。