知り合いの話
「知り合いの話なんだが」
「甚壱、悪いことは言わねぇ。素直に俺の話だって言ったほうがいい」
「……」
甚壱はじろりと信朗を見てから、仰々しい溜め息をついた。
「この間、人から好意を告げられてな」
「やっぱキツいわ、人の話ってことにしてくれ」
「信朗」
「おっさん二人でしていい話じゃないだろ」
「耐えろ」
「ハイ」
低い声で言った甚壱は、仕切り直しとばかりに酒を注いだ。それぞれ盃を空にする。甚壱が持ってきた酒は口当たりがよすぎてスルスルと喉を滑り落ち、水を飲むようで何の気分転換にもならない。眉を動かさないよう気をつけながら、信朗は甚壱を見る。
「……断ったんだ。向こうとは親子ほどに年が離れている」
「羨ましいこった」
「実際我が身に起きるとそうは思えん。一回やるだけならいいが、継続的な付き合いは面倒だ」
言うか言わないか。信朗は自分の柄と照らし合わせて考えて、やっぱり言うことにした。時間稼ぎに噛んでいたスルメを飲み込んで、手酌で注いだ酒を一口。スッと鼻を抜ける香り。相変わらず癖はなかったが、味わえばちゃんと味はする。
「言っただろそれ、相手に」
「言った。聞かれたからな」
「あーあ、かわいそうに」
まさか十代ということはないだろうが、親子ほどの年の差と言うなら、酸いも甘いも噛み分けるという年齢には到底及ばないのは間違いない。憧れをこじらせての可愛い恋を断った上に、馬鹿正直な現実を突きつけて追い打ちをかけることはないだろうに。
「で、記念にヤッたのか?」
「やってない」
「一回ならアリだったんだろ? もったいねぇの」
「そういう雰囲気じゃなかった」
拗ねたような声が聞こえた気がして、信朗はぎょっとして甚壱を見るが、向かいにあるのはいつも通りの仏頂面だ。雰囲気なんか気にするタマかよ。信朗が発する胡乱な空気に気づいたらしく、目を上げた甚壱はすっと目を逸らした。これはいよいよ本当らしい、と信朗は座り直す。
「おいおい、何やったんだよ?」
「何もしていない。気落ちしていたからつい、いい人が見つかると言っただけだ」
「俺でも分かる悪手だな」
「迂闊だった。若いし、腕も立つ。将来性がある。励ましてやりたかった」
そう言う甚壱こそ励ましを必要としているような状態で、すっかり肩を落としている。ようやく会合の本題を掴めて、信朗はほっと息を吐いた。
「ま、それで収まったんだったらいいじゃねぇか。飲んで忘れようぜ。まさか好きって言われたから気になってきちゃったの、みたいな話じゃないんだろ」
学生よろしくの「知り合いの話」から始まった話に、学生が言っていそうな台詞を絡めて拾った信朗は、冗談めかして言った言葉を聞いた甚壱の晴れない顔が気になって、恐る恐る様子を窺う。
「まさか違うよな?」
「……そのまさかだ」
「びっくらポンだぜ」
- 投稿日:2021年9月11日