かわいいは作れる
任務に際して着る服は、私服と言えば私服だが、半ば制服のようなものだった。日常の鍛錬で着ている服も似たようなもので、動きやすさと扱いやすさを優先する。蘭太の服の趣味は奇抜なものではなかったが、オーソドックスな若者なりに普段着られない普段着が存在して、今日着ているのはそういう服だった。
「……」
挨拶を交わした後、しばらく蘭太を見ていた甚壱が、言葉を発さないままふいと顔を背ける。
甚壱には思ったこと全てを口にするような軽率さはない。蘭太も付き合いの長さと持ち前の察しの良さで十まで言われずとも理解できる。蘭太は甚壱の反応をいつものこととして受け入れて、歩き始めた甚壱に続いた。
――が、蘭太は今が何の時間であるかを思い出し、早足で甚壱の隣に並んだ。
「甚壱さん」
呼びかけても甚壱は蘭太の方を見ない。
甚壱が聞いているのは間違いないので、蘭太は気にせずに続けた。
「言ってくださいよ」
何せ今日はデートなのだ。浮つくことが目的だと言っても過言ではない。
「……よく似合っている」
「ありがとうございます。それだけですか?」
「前を見て歩け」
「はい」
甚壱は敵でもいるのかと思うほど前方を注視しているが、左側にいる蘭太の存在を気にしてか、左手の振りが右手よりも小さい。その手を取るかどうかを蘭太はいつも迷う。子供のように思われないかという、自分でも取り越し苦労だと分かっている考えが邪魔をするのだ。
結局蘭太は甚壱の手を取らないまま、甚壱の愛車の助手席に収まった。これで今日は手を繋げないのが確定した。何事も出だしが肝心だ。蘭太の運転技術に思うところがあるらしい甚壱が、最初の一度を最後として、それきり蘭太にハンドルを握らせないようにしているのと同じように。
キーを回した甚壱が、フロントガラスの反射越しに蘭太を見る。蘭太が顔を上げて甚壱を見ると、甚壱は興味のないような顔で車を発進させた。
「甚壱さん」
「なんだ」
「好きです」
甚壱は眉間にしわを寄せた。恋人から好きと言われた時にする顔ではない。蘭太は声を立てずに笑った。
蘭太は甚壱が自分のことを「かわいい」と思っていることを知っている。そして、蘭太がかわいいと言われても喜ばないことを知っているために、毎度言わないように堪えていることも知っている。
蘭太は甚壱に忍耐を強いているように思って、そして半端な言い方をすれば甚壱が遠慮するだろうと織り込んで、たくさんかわいいと言われたいと言ってとんでもない目に遭ってから、たまに水を向けるに留めている。
意地の悪いことをしている自覚はあるが、甚壱があまりにも態度で示すものだから、何をしても許されるような気がしてきていた。そういう意味では、蘭太は自分がかわいいことを認めつつあった。
「……蘭太」
「はい」
「あまりかわいいことをするな」
「すみません、甚壱さんがかわいくて、つい」
「……かわいくない」
何でもかわいいで済ませてはいけないと思うものの、拗ねたような物言いに愛しさが募って、蘭太はにやつきながら窓を見る。この調子でいけば、甚壱も自分がかわいいことに気づくかもしれなかった。
- 投稿日:2022年7月22日
- 蘭太の服と甚壱の車の描写は諦めている。