成人祝い

「もういいのか?」
「はい。十分です」
 信朗が運転する車に乗り込んだ蘭太は、かつての同級生と早々に別れる名残惜しさを感じさせない、すっきりとした顔で前を見た。同窓会を兼ねた、有志主催の成人祝いの集い。ネイビーのスリーピースはよく似合っていて、禪院家における行事ではまず見られない服装であるために、今日が外部由来のハレの日だということを実感させる。
「嘘をつくのが下手なので、無事に終わってホッとしてます」
「そいつはよかった」
 直接聞く機会はほとんどなかったが、蘭太が非術師に混じっての学校生活を上手くやっていたことは知っている。友達に海に誘われたからと任務の穴埋めの相談をしに来たこともあったし、クラスで流行っているのだという漫画がいつの間にか躯倶留隊の中に浸透していたこともある。修学旅行の土産を何人分買うべきかと悩んでいたのが結局どうなったのかは忘れたが、隊員たちは総じて蘭太のことを好いている。気立てがいいという言葉がぴったりと当てはまる性格が生来のものなのかどうかは、信朗にとって重要ではなかった。
「甚壱の方も終わったって連絡あったぜ。急がなくていいって言ってたけど」
「できれば……」
「分かってるって」
 知った道だ。オンシーズンの休日だろうと遅滞なく送り届ける自信があった。
 カニを食べに行くから送迎をしてほしい。炳の術師から躯倶留隊隊長に下された命令ではなく、甚壱から信朗への個人的な頼みごとだった。
 顔と術式に似合わず細やかな性質をしている甚壱は、躯倶留隊の隊員が相手であっても慶事と聞けば飯でも食わせてやれと金を持たせてくる。それを踏まえれば、立派に術式があり、幼少期から懇意にしている蘭太の成人祝いとして甚壱が直々に食事に連れて出るのは何もおかしくないことだった。丹後くんだりまで出向くなら温泉旅館で泊まりがけになるのももっともだし、慣れない飲酒には不測の事態が付き物だから、甚壱が蘭太の予定を徹底して空けているのは当然だろう。何もかも、全く、疑念を挟む余地など微塵ない完璧なシチュエーションだ。
「信朗さん」
「うん?」
「セックスってやっぱり夜に……寝る前にするものでしょうか?」
「あ~~~、夜が多いだろうけど、お互いの都合との兼ね合いじゃないかなあ?」
「そうですよね。すみません、変なこと聞きました」
 こういうこと初めてで、と消え入りそうな声が言う。車に乗るときの快活な蘭太はどこへ行ったのか。今は絶対に後ろを見たくない。聞かれたのが交通状況に何の問題もないタイミングでよかった。
 二人の関係の変化は長い付き合いで察していたし、今回の旅行が節目になることは送迎の依頼をしてきた甚壱の様子から痛いほどに感じていたが、言葉にされるのは重みが違う。知りたくない。身内のそういうのは本当に知りたくない。甚壱のことを面倒見のいい兄貴分だと思っていた時期もなくはないし、蘭太については今でも可愛いちびっ子だと思っている。下半身事情を聞かされるのは生々しすぎる。
 信朗は長いものには巻かれろスキルを総動員して、何でもない風を装った。
「せっかく家から離れての旅行なんだ。甚壱に聞いたらどうだ? 男ってのは――いや、蘭太も男だからこう言うのも変だけどよ、頼られると嬉しいもんだからさ」
「それは分かるんですけど……同じ男としてあまり格好悪いところを見られたくないんです」
「そうね! そうよね!」
 一刻も早く現着したい。蘭太の頼みだからではなく、自分のために急ぎたい。ありがとう甚壱、迎えはいらないって言ってくれて。無事に初めてを済ませたおふたりさんの空気を浴びながら運転するなんて絶対に嫌です。
 上の人間の前でため息は吐かない。
 我が身に染み付いた習慣が蘭太の前でも機能していることをありがたく思いつつ、信朗は念のためナビの表示を確かめた。

投稿日:2022年1月10日
御三家って学校行くんでしょうか。
あとがき追記:2022年10月27日
御三家、学校行かないんですね。でもこのまま置いときます!