悪いこと
「賭け事を許せないほどお堅く見えるんでしょうか」
懐から出てきた裸銭の理由――賭け麻雀をしているところに踏み込んでしまい、不問にする保証として一局打ってきた――を話した蘭太は、甚壱が渡してやった封筒の中に紙幣をしまいながら言った。
「よく打つのか?」
「人数合わせで呼ばれた時くらいです。弱いので自分からはあまり」
「今回は勝ったんだろう」
「負かしたんじゃ口止めにならないから手加減したんだと思いますよ。先にお金取りに行こうとしたら引き止められましたし」
蘭太は苦笑しながら封筒を懐にしまうと、当初の目的であった書簡を開いた。作業に取り掛かる前に甚壱の顔をちらと見てから、甚壱の疑問を正確に汲み取って回答を付け加える。
「正月なんかに打つんですよ。本家ほど厳かな集まりじゃないんで」
それを聞いた甚壱も、蘭太の質問の答えを考える。
「……堅くは見えないが」
「見えないが?」
甚壱が濁そうとした言葉の尻を拾い上げ、蘭太は続きを促してくる。何てことのない会話だったが、その目はおもしろがっていることを隠そうともしていない。
「……汚れたことはしなさそうに見える」
「結構してますよ」
「仕事だろう」
「なるほど」
少しつまらなさそうに聞こえる声で蘭太は相槌を打った。
「清純派っぽいと」
そこまでは言っていないと言いかけた甚壱は、蘭太が「口止め料として握らされた」と答えたのなら納得しただろう自分を振り返って、黙り込んだ。流石に幼子のように無垢だと思っているわけではないが、蘭太に対して抱いているイメージは大まかに分類すればそちら寄りだった。
「久しぶりに甚壱さんと二人きりなので期待してたんですが、清純派をお望みなら仕方ないですね。真面目にお仕事頑張ります」
「別に望んではいない。自然にしてろ」
「じゃあ急いで片付けましょう。後でご褒美ください」
これ幸いとペンを捨てることはなく、蘭太は表情を切り替えて机に向かう。そういうところに生真面目さがあると思いながら、甚壱はすっかり頭の中に居座ってしまった雑念を隅に追いやった。
ペンが紙の上を走る音。量が多いだけの単純作業であることが災いして、紙裏に滲んだインクのように雑念が湧いて出る。不寝番を巻き込んでの徹マンに対する苦言を前に扇から聞かされたことはある。警戒はそのせいだろう。蘭太が懐に入れていた書簡は今朝遣いに出して受け取ってこさせたもので、懐に金をしまうとしたらその後か。期待していたということはすぐにできる状態なのか。それとも年齢なりにふざけることもある彼の冗談なのか。
「……俺が初心な方がいいと言ったらどうするんだ。そう振る舞うのか?」
「そりゃあ、やりますよ。ちんこを初めて見た風――は無理ですけど。流石に。俺にもついてますから。それでもまあ、それなりに初々しい感じでお出しします」
「逆に、淫蕩な方が好みだと言ったら?」
「引っ張りますねぇ。妨げちゃってすみません」
明らかに面白がっている声音で蘭太は言った。
「努力はしますよ。若輩者なので、甚壱さんのご期待に添えるかは分かりませんが」
ペンを回そうとして、やめる。そんな風な落ち着きのない動きを見せてからペンを持ち直した蘭太は、頬杖をついて甚壱を見る。
「ご希望あります?」
「言っただろう。そのままでいい」
「甚壱さんこそ真面目ですよね。悪いことしたことなさそう」
「この仕事が終わったらする」
「そういうのじゃなくて、コンビニのからあげにマヨネーズかけるみたいな」
「……?」
「後でやりましょう。車出します」
- 投稿日:2022年1月4日
- 甚壱の方がお坊ちゃんだと思います。