交錯の夜

 酒と、疲労と、事後の虚脱感と。様々な要因が重なった結果、気を失うように寝入ってしまった槇寿郎の身を清めた後、杏寿郎は自分の身を槇寿郎の布団に滑り込ませた。
 散々いたぶった残滓だけでなく、汗まで拭い去ってしまったばかりに、ろくに干せていない布団に染みついた酒と汗が却って強く臭う。すっかり馴染みとなった父のにおい。その中にあるはずの、記憶の中にすら残っていない槇寿郎本来の体臭を嗅ぎ取ろうと、杏寿郎は頭を布団に潜らせる。
「……杏寿郎?」
 情交によって掠れた、しかし常と異なることがはっきりと分かる柔らかな声音。まるで眠ってしまった幼子を起こさぬよう、密やかに言葉を交わすような。
「眠れないのか?」
 寝ぼけているのだ。自ら無体を働いておきながら、身勝手にも疲れを覚えていたことを忘れて、杏寿郎は闇の中で目を見開いた。
「……瑠火は千寿郎に添い寝しているものなぁ」
 細心の注意を払いながら、杏寿郎は槇寿郎の胸に額を寄せた。手で触れても、下手に動いても、身丈の違いが明らかになってしまう。声などは絶対に出せない。母が存命だという甘い夢を、壊したくなかった。
 父母のどちらがより好きか、という考えはなかった。確かに母に抱く感情と、父に抱く感情はどこかが違っていたが、表現できるだけの語彙は今も持たない。鍛錬の最中であれど、母の姿を認めればそちらに気を向けてしまう杏寿郎に、槇寿郎は父にも構ってくれとわざとらしく拗ねてみせる。母の存在に一番に気付いているのは実は父で、杏寿郎はその気配の変化を追っただけなのだから困ったものだった。
 果たして、槇寿郎は杏寿郎の頭を布団越しに撫でた。
「構わないから、朝まで休みなさい」
 ふわあ、とあくびが聞こえて、そのまま元通りに正体がなくなる。
 杏寿郎は安堵の息を吐きたいのを堪えて、槇寿郎の寝息が深いものになるのを待つ。常の深酒のせいで、いびきをかくのが当たり前になっている。聞いていて心地よいものではなかったが、今はそれが待ち遠しい。
 早く、早く出なければ、離れがたくなってしまう。
 父の布団に朝までいることを許されたのは、己ではないのだ。

投稿日:2021年4月23日