葬儀の準備

「千寿郎様がなさるのですか」
 応対に出た千寿郎に槇寿郎への取り次ぎを頼み、葬儀の喪主を務めるのは自分なのだと聞かされた隠は、その役に就く者としては珍しく、感情を声に滲ませた。
「はい。逆縁だから私がやるようにと、父が」
「失礼ですが、どなたかご親戚の方は……?」
「知らせは出すとのことですが……」
 千寿郎は曖昧に言葉を濁した。
 親より先に逝った子の葬儀で、親類が喪主を代わる例はあるが、成人してもいない弟が、名目だけではない実体あるものとして務めるなど聞いたことがない。疲労の色が濃い千寿郎の顔には、兄を喪った哀しみと、それでも覆い隠せないほどの諦めが漂っていた。
「……喪服はお持ちでしょうか。なければ急ぎ、仕立てねばなりません」
 月並み以上の掛ける言葉を持たず、隠は使命感でもって話を進める。他の者はさておいても、喪主が平服であるのはまずい。人死にの多い鬼殺隊のこと、常より多くの備えはあるが、身寄りのない者が多いために、世間一般にあるような葬儀は実は稀だ。合同葬では隊服が礼服として機能する。喪服は古着屋に出回るものではなく、貸衣裳屋を巡っても、千寿郎の身丈に合うものを借り出すのは難しいだろう。
「それですが、兄が以前……父が柱だった頃に用意していたものがございます。仕立て直していただけないでしょうか」
「それは……助かりますが、よろしいのですか」
 今から布地を求めて裁つよりも、あるものを解いて仕立て直す方が格段に早く済む。しかしそれは、もう用を果たす時が来ないとはいえ、今この場で解く決断をしていい着物なのか。
「はい。本来のお勤めでお忙しい中、お手間を取らせますが」
「いいえ! 炎柱様のご葬儀です。お力になれることは、私どもの御恩返しにもなります」
「……ありがとうございます」
 美しい所作で下げられた頭は、それでもやはり子供のものだった。

   ◇

 人手が足りないだろうから行ってあげて。そう鬼殺隊当主より任ぜられたときにはまさかと思ったが、真実、煉獄家には人がいなかった。
 携わりたいと願う者が多くとも、その全てを採れるわけではなく、本業が円滑に進むように図らなければならない。故人が生前に経帷子を用意していたことは、回せる人数の限られる縫製係にはありがたかった。
 湯のしを終えた白絹に印を入れ、端縫いを解いたそれぞれを、先に割り振っておいた担当に渡す。羽織に袴まで仕立て直さなければならないから、誰が言い出すでもなく夜を徹しての作業になるという認識があった。
「……鬼殺隊に入るまで、絹に触れる機会があるとは思いませんでした」
 常とは違う静寂に耐えられなくなったのか、ぽつり、一番若い一人が呟く。希少であることを価値の基準とするなら、鬼殺隊でしか使われない隊服生地に軍配が上がるが、それはそれ。絹が高価な品であるという意識は、縫製係の中にも変わらずあった。
 煉獄家は、着る機会が定かでない着物を絹で誂えておける家である。誰もが聞こえる距離、皆含まれた意味を拾いながら、誰一人として答えない。場にいる中で二番目の古株は、溜め息を堪えて、くけ終えた布をしごいた。
「鬼に遭うまで、自分の親が死ぬなんて考えたこともなかったよ」
「……すみません」
「大丈夫、みんな分かってる」
 相槌を打つように、切りばさみがしょきりと鳴った。

投稿日:2021年3月9日
子が親より先に他界した場合、親ではなく他の兄弟が喪主を務めるというのは聞いた話なのですが、ネットで調べた分では親類がするというものしか出てきませんでした。でもひどくていいと思うので使いました。