ならず者の流儀

現時点アカクロですが、成立した場合リバになる可能性があります。シラクロシラの肉体関係が前提で、クロノの性道徳が現代の規範と異なる形をしています。

 じっとしているのが苦手なアカバが、映画を観ようというクロノの誘いを承諾したのには理由がある。休憩室のテレビで流れる映画の映像を見たクロノが、シライと観ておもしろかったと言ったのだ。画面に流れるテロップは、その映画を今晩テレビで放送するということを告げていた。
 最近のアカバはもう、クロノがシライの弟子だということを飲み込めている。アカバの中にクロノに関する情報が増えて、クロノを見るときに、シライの弟子という部分を気にしなくなったという方がより正確だ。
 それでも、ふとした瞬間に感じるシライとクロノの親しさには、未だに言いようのない感情が湧き上がる。アカバは仔細な検討をするまでもなく、その感情に付けるべき名前が羨望だと気づいている。なんせ速さが売りの男だ。ひよこの雌雄だって秒で分かる。

(濡れ場が長すぎんか)
 アカバは画面を占める裸体を眺めながら思った。
 アカバとて、古典のお定まりの展開である「主人公がヒロインとキスして終わり」というものが嫌いなわけではない。しかし物語の中盤に、長々とベッドシーンを挟むのはいただけない。ヒロインが主人公を憎からず思っていることは、ヒロインが主人公に酒を注いでやった、そのシーンだけで十分に表現できていたのではないだろうか。
(クロノは本当にこれをシライさんと見たんじゃろうか)
 クロノの記憶力は信頼の置けるものだったが、シライと過ごしていただろう期間――つまりは三級巻戻士になる前の年齢のクロノと見るには、不向きな内容であるように思う。暴力表現の多さはもちろんのこと、性的なシーンはアカバですら少々気まずい。
「……このシーン、長くないかの?」
シライおじさんもそう言ってた」
「なんじゃ、知ってて観とるんか」
 アカバはクロノから否定されなかったこと、それにシライもそう思っていたということに安堵した。クロノは気まずさを感じていなさそうなことが引っかかったが、クロノに共感性を求めることが間違いであると思い出し、気にしないことにする。
「退屈か?」
「まあ、そうじゃな」
「ごめん」
「別に謝れとは言うとらん」
 アカバは落ち込みそうな空気を払うべく片手を振った。クロノは任務のときとオフのときで感じが違う。怒らせると元気になるのは同じで、そのときはアカバも怒っているから、怒っているクロノの方がやりやすく感じるくらいだ。
「アカバはシライおじさんのこと好きか?」
「聞くタイミングが悪すぎるじゃろ」
 睦み合う男女を見ながら聞くことじゃない。思わずクロノの方を見たアカバのツッコミは、
「ここで合ってる」
 テレビを見たままのクロノに無情に流された。マジかと思っても、クロノが冗談を言わないことをアカバは知っている。
 言うか、言わないか。アカバはすぐに決断した。
「……好きじゃ。尊敬しとる。じゃが、こういう意味じゃない」
 シライへの敬愛は誰にだって胸を張って言えることだったが、それをシライの弟子の座を占めるクロノに言うのは、アカバとしては苦いものを感じる。クロノはアカバの前で、一度だってシライへの尊敬を口にしていない。
 シライとクロノの間には、アカバが思う師弟像とは異なる空気がある。アカバは自分がクロノの位置に立てないことを、二人の様子を目にするたびに痛感するのだ。きっとシライはアカバが求めるタイプの師にはなれないし、アカバもきっと、シライが求めるタイプの弟子にはなれないだろう。
「おれはアカバとこういうことがしたい」
 テレビでは長かったラブシーンが終わり、主人公がヒロインを連れて、本題である復讐に向かう場面に切り替わっていた。物語としては緊張感の高まる状況だったが、画面を見ずとも耳だけで分かる濃密さにげんなりしていたアカバとしては、ホッと一息つける状態と言えた。
「わしとてやぶさかではない」
 クロノとクロックハンズの因縁は知っている。1時ワンオクロックをぶん殴る役目を譲る気はなかったが、クロノと協力して成功する確率が上がるのならば、共同戦線を張ること自体は嫌ではなかった。
「……」
「わぁーっとる!」
 クロノからの抗議をひしひしと肌で感じて、アカバはむんっと腕を組んだ。
 クロノが言う「こういうこと」は、復讐の方ではない。直前まで主人公たちがやっていた、ベッドの上ですることの方だ。一度観た映画なら場面が切り替わることは分かっていただろうに、なんと間の悪い聞き方をすることか。
「おまえとなんか考えたことがない。保留にさせてくれ」
シライおじさんのは即答なのに」
「シライさんのことは十年考えた。一緒にするな。……シライさんはおまえのことが好きじゃろ」
 アカバはクロノの方を見て言った。言い当てられたクロノの瞳に驚きが灯り、「なぜ知っているのか」という質問が光線のようにぶつかってくる。映画はCMに入っている。CM明けには今までの中だるみを振り切るような、怒涛のアクションシーンに入るだろう。クロノにかかずらっている暇はない。
「長年シライさんを好いとるんじゃ。見れば分かる」
 クロノよりも長いと言いたいところを、アカバは飲み込んだ。シライがクロノを選んだ理由と、シライがアカバを選ばなかった理由は、イコールではないはずだ。積年の思いを吐露する意味はない。
「アカバはシライおじさんとこういうことしたいと思うか?」
「そういうんじゃないと言うとるじゃろが! 色ボケとるんか!?」
シライおじさん優しいぞ。上手いし」
「おいクロノおまえ」
 青くなったアカバの想像を、クロノが何でもないことのように肯定する。
「アカバとするのに何も知らないのは困るだろ。任務じゃないとリトライできないし」
「うそじゃろ!?」
「本当だ」
 アカバにとっての師弟像が崩れるばかりか、シライとクロノの人物像すらも危うかった。事実は小説よりも奇なりとは言うものの、新規の奇妙なことが起きるのではなく、大枠を知っているはずの隣人が変容するとはどういうことか。
 アカバは巻戻士という職業に幼少のうちに出会っていたせいで、タイムマシンの実在に驚きを感じていない。たった今クロノの口から明かされたことは、人生で初めて得る驚天動地の新事実だった。
「キャンプも行ったら楽しかったろ」
 アカバの混乱を知ってか知らずか、クロノが畳み掛けるように言う。
シライおじさんとするのもきっと楽しいぞ」
「お、おまえがわしとしたいと言うたんじゃろ。なんでシライさんの話になるんじゃ。こういうのは二人でするもんじゃろ」
「ああ、まずは二人でしたい。おれもアカバを独り占めしたい」
「まずってなんじゃ! それにするとは言うとらん!」
「しなくてもいい。こうしてたまに遊べるとうれしいから、そっちは断らないでほしい。……後で言われる方が嫌だろ。シライおじさんも混ぜてあげたいなんて」
「だからなんでシライさんの話になるんじゃ……!」
 人間の言葉をしゃべる化け物が、隣に座っているような気分だった。だが、アカバはクロノの言動に、初回で納得できたことがほとんどない。クロノの偽物だと逃避するには、隣に座るクロノはあまりにもクロノらしかった。
シライおじさん寂しがりだからな。シライおじさんはおれがアカバを好きなのを知ってるけど、それでもおれのことが好きだって言ってた。だったら三人でする方が効率がいい。アカバはシライおじさんが好きだから、いい案だと思ったんだけどな」
 もう映画どころではなかった。もっと前から映画どころではなかったが、アカバはようやく視聴を諦めた。ここまで待ったならエンドロールまで待ってもいいだろう、とは思わなかった。奇妙な隣人を引き下がらせることが最優先だった。
「シライさんはおまえの案を何と言うとるんじゃ。というかクロノ、おまえはシライさんのことをどう思っとるんじゃ」
シライおじさんはおれがアカバとするところも見たいって。アカバとするのもおもしろそうって言ってた。二つ目は……おれもシライおじさんが好きだけど、そういうんじゃない。アカバと同じだな」
「同じじゃない! わしはシライさんとそういうことはせん!」
 アカバが叫ぶと、クロノは呆気に取られたような顔をした。
「……そうか。アカバの気持ちはアカバのものだから、安易に同じと言うべきじゃなかった。悪かった」
 クロノはアカバと同じ気持ちだということに思い入れがあったらしく、肩を落として言った。アカバは悄然とした様子のクロノを見て哀れを催しかけたが、クロノがアカバの案を受け入れたように見せかけて我を通した経験を思い出し、気合いを入れ直した。クロノを侮ってはいけない。気を抜いてもいけない。
「分かればいいんじゃ。……おまえの気持ちについては、さっき言った通り保留じゃ」
「分かった。映画は配信で見直そう。ここからがおもしろい」
「巻き戻せたらいいんじゃがな……」

投稿日:2024年5月28日
1時と書くか一時と書くか迷いました。アカバがこう言う以上は3Pはなし、もしくはクロノを間に挟む形になると思うんですが、私はシラアカクロを見たい気持ちがあります。