方言と方便
転送室を出るときは、スマホンから休暇の予定を改めて言われるまでがワンセットだ。けれど今回はスマホンがメンテナンスに入るため、内勤スタッフから予定を告げられた。シライの命を救えたことと、巻戻士本部の壊滅を防げたことによる高揚感で、クロノは不思議なほどに疲労を感じていなかったが、念押しされると「はい」と言わざるを得ない。
寮に戻る道はアカバと一緒だった。疲労のためか、アカバにしては言葉少なだ。クロノも多弁な方ではないから、廊下を歩く二人分の足音だけが耳に届く。目に映るどこにもクロックハンズによる襲撃の痕跡はなく、記憶にある通りの本部だった。
「……クロノ」
「うん?」
「聞くだけ聞いておいてやる。わしの話し方は気に食わんか?」
「――あ」
クロノの頭の中で、アカバに向かって投げつけた悪口の数々がリフレインする。もちろんアカバを怒らせるために言っただけで、クロノは心からアカバの話し方をうるさいと思っているわけではない。
クロノは前を見ているアカバには見えないのを承知の上で、ぶんぶんと大げさなほどに首を振った。
「全然! あのときはアカバを怒らせる必要があった。他に方法を思いつかなかったんだ。悪口言ってごめん」
「ならええんじゃ」
アカバは目配せするようにクロノを見て、思った通りの答えだとばかりにニッと笑むと、再び前を向いた。
「知っとるじゃろうが、わしの出身はこっちじゃない。支部に行くという選択肢もあったんじゃが、わしは本部を選んだ。シライさんがいるからの」
クロノは目を丸くした。アカバとの関係は一方的に因縁を付けられたことから始まったものだったが、今となってはいないことが考えられない存在だ。強固に収束しようとする運命を否定して生きるクロノにとって、アカバとの出会いがアカバの選択一つで変わるものであったことは想定外だった。
クロノはぽつりとこぼした。
「アカバが本部を選んでくれてよかった」
「わしがどこを拠点にしようがおまえには関係ないじゃろ」
クロノに視線をくれたアカバは呆れた表情をしていたが、すぐさま逸らされた目を見るに、クロノの意図は通じているように見えた。つまりは照れ隠しだ。
察したクロノが口角を上げると、アカバは反対に口をへの字に曲げた。それを見たクロノが口を尖らせると、アカバがにやりと笑う。その後ようやく二人の表情が同じものになった。
「いつかアカバの住んでたところを見てみたい」
「おお、場所を教えてやるから行って来い」
「アカバは行かないのか?」
「わしは別に行きとうない。未練などないからの。おまえがどうしてもと言うなら案内してやってもいいが」
「案内してほしい。頼む」
「おまえには躊躇いというもんがないんか!?」
「レモンも誘っていいか?」
「人数まで増やすとはどういうつもりじゃ! 図々しいぞ! それならシライさんも誘え!」
「そうだな、おじさんも誘おう」
言ってからクロノは自分の体に目を落とした。
何回も巻き戻したおかげで短針中の制服はすっかりクロノの体に馴染んでいたが、通っていた小学校に制服がないクロノは、制服というものを着るのは今回が初めてだ。偽りの記憶が発端であっても、気の置けない仲間と過ごす学校生活は楽しかった。
「……修学旅行みたいだ」
「行き先がしょぼすぎるじゃろ。わしはただの里帰りじゃ」
うれしさを押さえきれずに言うクロノに、アカバは頭の後ろで手を組みながら水を差す。言葉の割に楽しそうな声だった。
- 投稿日:2024年6月21日
- じゃあじゃあ星人という言葉のかわいさが好きです。本部というからには支部があると思うんですが、あるかなぁ。