おかわり

「わしと付き合うてくれませんか」
 シライが世話になっている研師のところへ、顔繋ぎのためにアカバを連れて行った帰りだった。
 本部の近くまで戻ったところで、アカバが食べて帰らないかと言ったのだ。シライは帰ってから食べるつもりだったが、後輩に飯を奢るということの魅力に負けて、一も二もなく承諾した。
 ラーメン屋のカウンターは、飯時を外れているために他に客が一人しかいない。とっくに食べ終えている客は常連らしく、酒を飲むような手つきでお冷を飲みながら、吊り棚のテレビに映るニュースについて店主と話している。
 アカバの発言は、シライが聞き違いかと思うような自然な口調だった。
 隣に座るアカバの横顔を見たシライは、口に含んだラーメンをとりあえず咀嚼し飲み込んだ。スープはしょうゆベース。具はチャーシューとメンマ、それにもやしにネギというオーソドックスな構成だ。いかにも町のラーメン屋という店構えにふさわしく、奇をてらったところがない手堅い味で、ラーメン鉢に描かれた雷文と龍が薄らいでいることも、味の信用にひと味加えている気がする。
 どこにだ、というベタなボケをかますのは白けるだろうか。白けるのは避けたい。考え込んでいたせいでついうっかり顔を正面に戻してラーメンの続きを口にしてしまったシライは、はっとしてアカバを見て、アカバはアカバでラーメンを啜っているのを見てほっとする。
「……その付き合うは、交際するという意味か?」
 シライは気持ちを落ち着けるために水を飲み干し、ピッチャーに手を伸ばしながら尋ねた。ムードもへったくれもないこのタイミングで言うということは、裏の裏は表のパターンなのではないだろうか。つまり告白されたというのはシライの勘違いで、アカバは今回の研師のところのような、一人では行きづらい場所に出かけたがっているということだ。
「はい」
「そうか」
 ウケを優先しなくてよかった。自分が外して恥ずかしい思いをする方を選んだシライは、アカバの飾り気のない即答を聞いて、当たっても恥ずかしいものなのだと認識を新たにした。
 シライはピッチャーを戻し、唐揚げを箸で掴む。よく揚がっている衣の手応えだ。入る店を決めたのはアカバで、唐揚げが絶品なのだと言うだけあって確かに旨い。白飯が進む味だ。本部から近いのだし、アカバが構わなければ機関誌のランチ特集で取り上げてもいい気がする。鶏を揚げたものだけに。
「おっちゃん、ご飯おかわり!」
 アカバの高らかな宣言を聞いて、このタイミングで言うのかとシライは瞠目した。思わず隣にやった視線をアカバに捕らえられ、アカバが自分を見るとき特有の、憧れてんこ盛りの眼差しを真正面から浴びせられる。
「シライさんは?」
「おれも食う」
「二つ!」
 シライから目を離し、何でもないような顔で店主にサインを送ったアカバは、視線を再び下げてシライを見た。
「すんません、シライさんを困らせるつもりはなかったんじゃ」
「いや……」
「そんな深く考えんでください。わしは断られて終わりのつもりじゃった」
「記念受験か?」
「どちらかと言えば身辺整理じゃの。でも……」
 暇だからだろう。すぐに出てきた二人分の白飯を受け取ったアカバは、店主にさらに替え玉を頼む。再び便乗したシライと共に店主を見送り、シライの顔を満足そうに見る。
「シライさんがわしのことを考えてるのは悪くないのう」

投稿日:2024年6月30日
真剣の研ぎは本部で完結してそうだけど山奥の工房なんかに出かけてほしい気持ちもあり、外に出てもらいました。