駄々こね
「次の二級昇格試験だが……クロノはおまえの教え子だったな。おまえが新人教育をすると聞いたときは耳を疑ったが、入隊から半年、巻き戻し回数の多さは気にかかるが、成績としては――シライ?」
シライはゴローの話を黙って聞く手合いではない。あまりにしんとしていることを不思議に思ったゴローが見ていた資料から顔を上げると、シライは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「知らねえ」
「知らないことはないだろう。資料には」
「ちげーよ。クロノが昇格試験受けるってこと、おれは聞いてねえ」
「たまたま話題にしただけだ。入隊前の指導官に連絡はしていない。試験内容も当日まで伏せるから、誰から指導を受けていようと条件は公平だ」
ゴローとしてはただの雑談のつもりだった。入隊した時点で指導官としての任は切れ、監督責任からも解放される。無論その後の人間関係まで切れるわけではなく、新人のよき相談相手となっている者がほとんどだ。
名選手が名監督とは限らないというのはスポーツに限った話ではなく、巻戻士として優秀な成績を残す者が、同じだけ優秀な後進を育てられるかといえばそうではない。シライのような才がある者の場合はそれが顕著だ。ゴローの目から見たクロノはシライとは全く別のタイプの巻戻士で、予備知識なくクロノを見て、師としてシライを連想する者はいないに違いない。
シライはゴローに向かって首を振りながら、もう一度「ちげーよ」と言った。
「クロノはおれに何も言わなかった。それだけじゃねえ。入隊して半年、一度も連絡を寄越してねえ」
「それこそ知らん。どうせ戻ってくるなとでも言ったんだろ」
入隊試験には当然不合格もある。一発合格しろと発破をかける意味で言うのもあり得る話だ。
「言うわけがねーだろ。おれはクロノが特級になるまで面倒見るつもりだ。たかだか三級の免状が出た途端にお役御免じゃたまんねえ」
「ならクロノがおまえに会いたくないか」
面倒くさくなりながら思ったままを口にしたゴローは、シライが傷ついた顔をするのを見て罪悪感を覚えたが、目を逸らさずに次の句を続ける。
「会うほどの用がないかだ。……三級巻戻士の任務の難度は知れている。師匠に報告するには早いと思ってるんだろ」
ゴローは結局フォローを入れてしまった自分に心の中で舌打ちした。
シライは民間企業なら中堅に入る年齢で、巻戻士としての勤続年数も長い、立派な社会人だ。一部の巻戻士たちの間では神聖視する向きすらある。
それでもゴローから見ればシライはただの若造だった。厳しく接してきたのにこの態度で、これ以上の下手を打つことは避けたかった。シライに甘い顔をして、碌なことにならないのは火を見るより明らかだ。
「なあ隊長、おれも試験監督やりてえ」
ほら来た、とゴローは眉間に皺を寄せた。
「試験終了まで待機するだけだ。おれだけで足りる。おまえは他の仕事をしろ。いい加減に他の隊員にもおまえに慣れてもらわないと、おまえに会うたびに舞い上がってるようじゃ困る」
「なら丁度いいだろ、三級巻戻士なんか任務で組む機会もねえし」
「……シライ」
「なんだよ、ゴロー隊長」
「おまえはクロノに会いたいだけだろ」
ギロリとゴローが睨むと、シライは白々しく首を傾げた。
- 投稿日:2024年7月8日
- クロノの「久しぶり」発言からすると、入隊試験後会ってないのもあり得るかもと思いました。ゴローはシライに甘いといいと思います。