責任の所在

「隊長も来りゃよかったのに」
「また別の機会にな」
「そう言って忘年会くらいしか来ねえだろ。外との会食はしょっちゅうなくせに。このままじゃみんな隊長の顔を見忘れちまう」
 本来は応接用であるソファに陣取ったシライは、ゴローの冷めた視線にはお構いなしにチューハイの缶を開ける。足取りに怪しいところはなかったが、いつもよりも端がぼやけて安定を欠いた声には酔いが滲み出ていた。
 今さら言ってどうにかなるものでもあるまい、と諦めたゴローは、土産だと渡された紙袋に視線を移す。缶ビールを添えたのは仕事をやめろという意味だろう。印字された店名と微かな炭火の匂いから察するに、中身はおそらく焼き鳥だ。
 食事を取らなかったわけではなかったが、時間が経てば腹は減る。悪あがきに時計を見てから仕事に見切りをつけたゴローは、端末にロックを掛けてから缶ビールのプルタブを引いた。してやったり顔のシライに向けて焼き鳥の入った折り箱を傾ければ、一人で食えとばかりに片手を振られる。
「二次会はよかったのか」
「行ったよ。行かなかったのは三次会だ。酒強くねえから三回目は散開
「創設以来の最強も酒には負けるか」
「その最強ってやつ、隊長にだけは言われたくねえな」
 酒を飲むシライの姿を自然と受け入れられるようになったのはいつだったか。ゴローは鶏もも串を食べながら考える。メニュー表を手にしたシライに「隊長はササミ以外食っても平気か?」と聞かれたことが懐かしい。長らく忘れていた最初から飯を頼むという感覚を思い出したのもそのときだった。
「ガキが増えたから飯メインの会も考えねえとな。シメまで飯が食えねえんじゃ腹厳しめだろ」
「昼に抜けるなら時間に余裕を見ておけ。事前に分かっているならおれもうるさくは言わん」
「今言ったので一回分チャラにならねえ?」
「ならない」
 シライは外部の人間がいる酒席では水でも飲んでいるような態度で通して、身内だけの場なら普段よりいくらか陽気になる。ゴローに対して少しだけ寄りかかった態度になるのは、出会った当初の立場の違いや年齢差がさせるものだろう。こうして手土産を買ってくるシライは、下の者と飲みに行くときは案外、頼れる兄貴分をやっているのかもしれない。
「……シライ」
 そう思ってシライを見たゴローは絶句した。
 パーカーのポケットにどれだけ詰め込んでいたのか。シライは応接テーブルでコンビニスイーツの店を開いている。
「隊長も食うか?」
 悪びれもせずに笑ったシライは、心の底から幸福だという顔でパッケージを開ける。
 シライは取り繕う必要のある場では宛てがわれた酒を大人しく飲んでいるが、形ばかりのデザートを食べたときにだけ瞳にふっと寂しさをよぎらせる。ゴローが最初にそれに気付いたのは会席料理の蜜豆だった。
 自分の分をやりたい気持ちをやりすごしてホストに徹して、相手を見送ってから二軒目に入る。とにかく甘いものを、と頼んだカクテルはシライのお気に召したものの、翌日のシライはしっかりと二日酔いになっていた。ヘーゼルナッツはアルコールじゃなくても美味い、というのはゴローが差し入れたアイスを食べるシライの言だ。
「遠慮しておく。全部食う気で買ったんだろ」
「一個ぐらいやってもいい」
 シライがこうして巣に持ち帰ってから甘味を食べる原因に、ゴローは心当たりがないわけではない。シライの態度の原因を考えていくと、いつも同じところに帰結する。
 つまりは、ゴローが育て方を間違えたということだ。
「シライ、おまえ今いくつだ?」
「二十四……待て、六だな。クロノが十四だもんな。へえ、デカくなったな」
 クレープらしきものを頬張りながらシライは遠い目をする。
 シライの弟子が順調に育っている以上、もう自分に責任はないんじゃないか。
 ゴローは思い浮かんだ魅力的な案に伸るか反るか考えながら、いやにつかえた感じのする喉をビールで潤した。

投稿日:2024年8月19日
あそこまで隊長に舐めた態度取ってるのは隊長にも責任の一端があるのではないかという気がしてきた。