ビンテージ
「……何か言いたげだな」
「いや……」
横目に見ていたゴローの顔からタブレットに視線を戻したシライは、スリープモードに入る前触れとして画面が暗くなったところでもう一度、今度は顔ごと向ける形でゴローを見た。シライが操作しなかったせいで、タブレットのバックライトは完全に消灯した。
「連絡くらいは取れたんじゃねえのか」
「どこにだ? おれはずっと本部にいただろう」
全くもって当然のことを返されて、シライは論述するために息を吸った。
だが、続く言葉が出てこない。
「おれがおまえと話すのは三十年ぶりだ。電話も含めてな」
思い出すより先にゴローの言葉を頭に入れて、自分が何を言うつもりだったのか分からなくなったシライは、今しがたゴローが放った言葉こそが聞きたかったことのような気がして、むっつりと黙り込んだ。本当はもっと、別のことを聞きたかったはずだった。
シライは無駄だと分かりつつもタブレットのスリープを解除して、正当な内容であるのに全く読む気になれない申請書をスクロールする。今回は承認ルートにゴローの名前がない分だったが、仮にゴローがルートに組み込まれたものであっても、滞りなく流れていくのだろう。
状況の受容は得意なはずだった。長けている、慣れているからこそ、急に老人となって現れたゴローを、そのゴローがシライが巻戻士になる以前から、本部にいたという事実を受け入れたのだ。アカバやクロノという先例もある。再会した人間が記憶と異なる姿であることが、シライは初めてではない。
だが、二人とは違い、ゴローが再びあの姿になることはないのだ。
シライは手動でタブレットをスリープモードにして、机に置いた。
「……おれが巻戻士の存在を知った二〇三八年、クロノに言われた八四年まで、とんでもねえ長さだと思った。実際には隊長に会ったからそこまでは長くなかったが、それでもレモンに会うまでの四年は長かった。……三十年は長いだろ」
「おれは終わりを知っていたからな。どの巻戻士に会った年のことも、おれは覚えている」
「それでも」
「回りくどいぞ、シライ。老い先短い年寄りの時間を無駄にする気か?」
立ち上がったゴローはガタリと椅子の向きを変え、シライに体ごと向き合う形で座り直した。
中身のない垂れた袖。鍛えられないために左右非対称になった肩のライン。見る者を威圧する不機嫌そうな顔は相変わらずだったが、目尻に刻まれた皺の原因となるような表情を――目を細めた笑顔というものを、シライの知るゴローは見せたことがなかった。
「答え合わせがしたいんだろう。おまえにとっては昨日今日の話だろうが、おれにとっては三十年も前のことだ。今さら隠す意味を感じない」
答えを言ったようなものだ。
苛立ちと見透かされた悔しさをやり過ごすため、シライは瞑目してからゴローを睨み上げた。
「……あんたは、おれがあんたを好きなことを知ってたか?」
「知ってたさ。あの時点でおまえより一回り以上余計に生きてたんだ。気づかないほど鈍くも純でもない」
いっそ得意げに見えるほどの表情で明かされて、シライは思い切り溜め息をついた。
一気にやる気が失われた。どれだけ小言を言われようが、今日はもう仕事をしないことに決める。文句はねえだろ、とシライがゴローに目をやると、孫を見るようなと形容してもいいような、温かな視線が返ってきた。シライは聞えよがしの舌打ちをして席を蹴った。
「おいシライ」
シライがポケットに手を入れながらドアの前まで来たところで、後ろから声がかかる。
「ジジイのおれじゃ嫌か?」
- 投稿日:2024年7月13日
- 生きとんのかい!と思いました。72歳の隊長、角が取れてこなれ感が強くなってると思いませんか?