浣腸
ウンコが出ない。
クロノはいつもより一段階暗い顔でベッドに座っていた。
毎日排便があるのが当たり前だったから、いつから出ていないのかという正確な記憶はない。腹部の張りに気づいて、そういえば、と思い当たった状態だ。
うっかり溜め込んだ報告書の作成で根を詰めてしまい、その後の休息と指導官との予定を繰り合わせての訓練、そこから再度の任務で、タイミングを逃してしまったせいだろう。便意はないくせに顕著な体内の存在感を排除するべくトイレに向かうも、クロノが意識しなかった数日間のうちに固まってしまったのか、待てど暮らせど気張れども、大便が顔を出す気配がない。
「まずいな……おじさん来ちゃうぞ……」
体調不良としての便秘のまずさ以外にもう一つ、クロノには困ることがあった。
クロノとシライは現在交際中で、今日はいわゆる「おうちデート」というやつをする日だ。会えば必ずセックスをするわけではなく、するかしないかはその時になるまで分からないが、備えあれば憂いなし、事前に洗っておくのが近頃の習慣になっている。
「……仕方ない」
クロノは立ち上がり、薬箱の中にある浣腸薬の箱を手に取った。シライに恋愛感情を認めさせ、今までの関係にもう一つ名前を追加したあとに、「おじさんは大人だからそういうのも必要かもしれない」と用意したものだ。
浣腸薬に、ローション、素材とサイズを二種ずつ買ったコンドーム。シライの部屋に招かれたクロノがお風呂セットよろしく携えて行ったそれらを見て、シライは言葉を失くしていた。後ろ二つはその日のうちに役に立って、クロノは自身の先見に胸を張ったのだけれど、反対にシライは浮かない顔だった。クロノは「おじさんも出した後に落ち込むことがあるんだな」と親近感を抱きつつ、今回果たせなかった挿入を可能にするべく、次回のデートまでに拡げておくと申し出たところ、鬼気迫る形相で却下された。
コンドームのサイズはシライの選定によって統一され、ローションは二本目になった。浣腸薬だけが最初に買ったときのままで、捨てるものでもないから置いていたが、ついに役立つ機会がやってきたのだ。
クロノは浣腸薬の説明書を一通り読んで、ベッドに横になった。常温でも使えるというのを信じて、湯煎は省略してチューブの先端を肛門に挿し入れる。にゅっと絞り出した薬液の温度は、すぐに体内に馴染んで消えた。
チューブをゴミ箱に捨てたクロノは、じっと便意の訪れを待つ。
説明書通りなら、便意を感じてからもしばらく我慢しなければならないらしい。トイレでやったほうがよかったかと今さら思ったが、トライ&エラーあるのみだと思い直し、スマートフォンの時刻表示を確かめた。
シライからのメッセージは届いていない。
今日は予定通りに会えるということだ、とクロノは口元を緩めた。
- 投稿日:2024年8月16日
- デートのワクワク感があればいいなぁと思います。