花占い
聞いてくれよ。おれ、好きなやつがいるんだ。
ん? 動きてぇの? 動けねぇ? はは、運動不足じゃねえの?
冗談だ。関節極めてるんだ。おれが放すまで動けねえよ、諦めてくれ。
荒事を部下に任せっぱなしにしてなけりゃ、もうちょっとマシな勝負になったかもな。もらった資料にはアンタは昔は武闘派だったって書いてたぜ。今から抵抗してくれたって構わねぇけど、結果の見えてる勝負を仕掛けるのは勝負師とは言わねえ。引き時を見誤らないのも長生きのコツなんじゃねえかな。
お、アンタは指が揃ってるんだな。あれってフィクションだけなのか? この部屋に来るまで何人も見たけど、おれの得物が刀なせいで、いまいち判別がつかなかったんだよな。おれは見ての通りのいたいけな青年だからさ、斬られても撃たれても死ぬわけ。やられる前にやるのは正当防衛だろ?
大丈夫だ、一人も殺しちゃいねぇよ。失血死の心配もなし。おれ人が死ぬのだめなんだよ。もうやり直せないから慎重に生きてんだ。
ああ、話が逸れた。おれあんまりしゃべるの得意じゃねえんだよな。得意そうには見えねえだろ? アンタも努力したんだろうな。殴るだけじゃ部下はついてこないだろ。おれが言うのも何だけどさ、アンタの部下はみんなアンタのこと好いてたよ。オヤジのためにって――お、やるか? 弔い合戦ってやつ? やらない? 気が変わったら言えよ。言わずにいきなり殴ってくれてもいいけど、この体勢からは難しいと思うぜ。
で、どこまで話したっけ。
ああ、そうだ、好きなやつ。おれの好きなやつの話だ。
おれの職場じゃもう聞き飽きたって、だーれも聞いてくれねぇの。ひどいよな。
仕方ねぇから聞いてほしいときはボスに相談があるって持ちかけるんだよ。おれが言った時点でボスも薄々は勘づいてるんだけど、もしかしたら別件で悩んでるのかもしれないって、断ることは絶対しねえのよ。オオカミ少年じゃねえけどさ。いい人だよな。長生きしてほしいよ。もうジジイなんだよ。勝手すぎるだろ、おれに相談もなくジジイになるなんてさ。
でさ、おれの好きなやつはすげーいいやつなんだよ。会ったらきっとアンタだってあいつのこと好きになると思うぜ。少なくとも一目置かざるを得なくなる。無視するなんざできっこねぇ。どんだけ目を逸らしたって太陽の光は見えるし、恩恵は受けてるだろ? そんな感じだ。
だからおれなんかにはもったいねえって思うけど、他のやつには絶対に譲りたくねえの。分かるだろ。あいつには絶対におれの隣にいてほしいんだよ。でも無理やり迫るのも違うから、あいつがおれのことを好きかどうかが知りてえの。
お待たせ、ここからが本題だ。ここでアンタの出番だ。まあ聞いてくれよ。この状況じゃ聞くしかねぇだろうけどさ。
花占いってあるだろ? 花びらを一枚一枚もいでいって、願いが叶うかどうか占うってやつ。あれには必勝法があって、花びらが奇数なら「好き」、偶数なら「嫌い」から始めたらいいんだ。簡単だよな。
でもさ、そんなの意味ねえだろ。偶然に任せるからいいんだよ。あいつは運命ってもんが大嫌いだけど、おれはさ、あいつの運命の人になりたいんだ。
な? 協力してくれるよな? おれはアンタの金庫の暗証番号なんざどっちでもいいんだよ。ぶった斬れば開けられるんだから。あれくらいの厚みなら問題なく斬れる。ボスには叱られるだろうけど、正直もう叱られるの確定してるからさ、ちょっと小言が増えるくらいどうってことないわけ。
だけど、おれはアンタに暗証番号を聞こうと思う。無欲な方がいい結果が出そうだろ? 頼むぜ、いい返事を聞かせてくれよ。占いになんかに情報は売らないなんて言わずにさ。「好き」から始めるから、今言っちまうのがお互いにとってベストだ。欲かいて指欠いちゃ仕方ねえだろ。
はは、そうだよな。分かるよ。おれも言えないことはいっぱいあるからな。組織って面倒だよな。でも仲間がいるのはいい。おれは今の自分が好きだよ。別におれはアンタのことが嫌いでこういうことするんじゃねーんだ。分かってくれるだろ。お互い上手くいかねぇよな。
そういやアンタ、いっぱい指輪つけてるよな。婚約指輪におすすめのブランドってあるか? おれそういうの疎くてさ。……あ、だめだ、今のやっぱなし。サプライズはよくねえって聞いたことある。一緒に見に行くほうがいいって。婚約指輪見るたびアンタの顔思い出すのも何だしな。聞いといて悪いな。予定通り暗証番号だけでいいよ。
……まだ言う気にならねえ? そりゃ始めたばっかりだもんな。人間の骨は二百十五本だっけか。序盤も序盤だ。根性見せねえと格好つかねえよな。おれは泥臭いの好きだぜ。おれの好きなやつもそういうとこあるよ。自分じゃ分からねぇけどさ、もしかしたらおれもそういうところあるのかもなって。あいつを教えたのはおれなんだよ。似てるって言われたことはねえけど、もしかしたらって。
ん? 刀に名前なんかついてねぇよ。必需品だし褒めてもらえんのはうれしいけどさ。アンタはエアコンに名前つけてんの? あ、銘? ああー、覚えてねぇ。聞いた気もするけど、エアコンの型番なんか覚えてねぇだろ。例え話が下手で悪いな。錆になりたいってんならサービスするけど、死ぬようなところは斬れねぇぞ。悪いな。好きでもないやつにべたべた触られるの気持ち悪いよな。でも触らねぇと骨は折れねぇからな、我慢してくれ。
ああー! 待て待て待て! なんで今言おうとすんだよ! 今「嫌い」のとこだったろ! せめてもう一本いかせてくれ! そしたら「好き」で終わるから!
いやだめだって。頼む、黙って。これ以上力入れたらアンタの首の骨が折れちまう。頼むから大人しくしてくれ。あと一本、あと一本だけでいいから!
◇
「随分と荒い手を使ったようだな」
「そう言うなら隊長が行けばよかったろ。どうせ金庫開ける形態くらいあるんだろ、そのケータイによ」
「……何かあったか?」
「別に何もねえよ、報告書にある分が全部だ。気になるならクロホンに聞いてくれ。直接ログ確かめてくれても構わねえし」
ゴローが視線をやると、クロホンは胸を張るように機体を反らした。
「……いや、いい。十分だ」
話は終わったはずが、シライは出ていく気配を見せない。こうもあからさまに話があるという素振りを見せられるとゴローとしては応じざるを得ず、先に尋ねて何もないと言われてしまった以上、シライが切り出すのをじっと待つことになる。
「……隊長はさ、占いって信じるか?」
「信じない」
「即答かよ」
「信じるにしろいい結果だけ信じるとか、心当たりがあるなら改めるとか、そういう使い方をするものだろう。解釈に迷って足踏みをするのは本末転倒だ」
「隊長のそれ、おみくじだろ」
「おれは他に占いを知らん」
「おれもやったことねぇけどさ……まあいいか、鋭意努力しますということで」
「そうしろ。ついでに器物損壊も減らせ」
「占いの結果に傷心して消沈してる部下によく言うぜ」
「そんな細やかな神経をしていないくせによく言う。用が済んだなら出ていけ」
ゴローがしっしと手を振ると、シライは肩を竦めて踵を返したが、ドアを閉める直前に廊下側から再び顔を覗かせる。
「隊長、おれ労働基準法は関係ないけど、特別休暇はあるよな?」
「ある。詳しくはクロホンに聞け」
「あるならいい」
気味が悪いほどそっと閉められたドアを見て、ゴローは忍び寄ってくるような不穏な予感に思わず熱を確かめた。
- 投稿日:2024年9月10日
- ノリの軽いシライを書く練習です。