お願いパブロフ
ふは、とシライは気の抜けた声を出した。
ワイシャツの下にクロノが着ていたのは、デカデカと「GORO」と書かれたTシャツだ。
映画のタイトルロゴ風に打ち出された文字をバックに、巻戻士隊長であるゴローの立ち姿がプリントされている。組織創設二十周年の記念グッズ制作のために、隊内コンペに出されたデザインの一つだった。
「これおまえが持ってたのか」
「くじ引きで当たった」
「そういや告示があったっけ、くじだけに」
実際に製品化されたのは別のデザインで、クロノが今着ているTシャツは、当時食堂に一枚ずつ掲示されていたサンプル品。一点モノの超激レアグッズだ。
Tシャツの制作にあたっては実用に耐えるよう、デザインの良し悪しとは別に、時空警察の機密性と照らし合わせる面倒な工程が挟まった。審査に巻き込まれたものの今の今までその苦労を忘れていたシライは、サンプルの中の一枚がクロノの手に渡っているとは想像もしておらず、Tシャツの出現は不意打ちだった。
どうやってゴローを説き伏せたのか。隊長案外こういうノリ好きなのか。
シライは食堂の壁に並んだTシャツを見たときの衝撃を思い出して、クロノを脱がせる手を止めて笑いを堪える。堪えきれずに吹き出して、クロノの肩口に顔を埋めて「これはないだろ」と体を震わせた。
クロノの私服、特に部屋着のセンスは元から独創的だったが、まさか自分の上司がプリントされたTシャツを平然と着るほどとは思わなかった。
しばらくシライが笑うままにさせていたクロノは、ぐいとシライを突き放した。
「どうせ脱ぐんだからいいだろ。それより早く続き」
「いーや、このままやろーぜ」
シライは自分でTシャツを脱ごうとするクロノの手首を掴んだ。
Tシャツの裾を掴んでいるクロノの腕を引き剥がし、ベッドに押し付け縫い留める。まくれ上がった裾をわざわざ整えたのは、完全に悪ノリだった。
にやにやしながら見下ろすシライを見てむっとした顔をしたクロノが、「知らないからな」と三下の捨て台詞のようなものを口にする。
クロノの機嫌は元から少し悪い。
研修帰りのクロノを捕まえて、部屋で寝たいと言うのをなだめすかして、自分の部屋に持ち帰ったシライのせいだ。
親しい相手にしか見せないと知っているから、露骨に不機嫌な顔も可愛いと感じるが、連日連夜の勤務疲れで癒やしを求めているシライとしては、ここは何とかクロノに機嫌を直してもらいたかった。
「脱ぐ気なかったんだろ。なのに許してくれて嬉しい」
シライが心からの言葉を口にすると、クロノは口をつぐんだまま目を泳がせた。
難しい顔から戸惑った顔、それからぎゅっと目をつぶり、シライを見上げる。無表情に近い目つきは見た目に何が変わったというわけではなかったが、クロノが纏う空気は確実に軽くなっていた。
「おれも、おじさんとは会いたかった」
クロノのこういうところが潔くて格好いいんだよな――と思いながら、クロノの手首を押さえる手を緩めたシライは、クロノが背中に回した両腕を受け入れる。シライはクロノの唇に口を寄せて、Tシャツの隊長の足元を失礼した。
お互いの気持ちいい部分を擦り合わせて熱を生んで、その果ての喪失感を埋めるために抱き締め合う。
宴もたけなわ、大盛況。余裕がないことに加えて、密着していれば見えないおかげで、Tシャツのことはすっかりシライの頭から抜け落ちていた。
「嘘だろ、クロノ……!」
小休憩がてらに体を離して、コンドームを交換してからもう一戦。
そのつもりでクロノの体をひっくり返したシライは、クロノのTシャツのバックプリントを見て驚愕した。
大きく打ち出されたゴローの肖像写真。その下にはメインのものよりもサイズの小さなゴローの写真が等間隔に並んでいる。まるでクローン・ゴローの卒業アルバムだったが、よくよく見れば顔が少しずつ違うし、18、21、24、29……と写真の下に添えられた数字も増えていく。数字の規則性を探ったシライは、もう一度上段のゴローの写真を見てピンときた。
「これ……隊長の免許証の写真か?」
「うん。一回ゴールド免許取り消されてるの、気付いた?」
シライに笑いかけるクロノの上気した頬のラインは、近頃シャープさが出てきたものの、まだ子供の柔らかさを残している。色ごとの最中とは思えない、発見したイースター・エッグを共有するようなわくわくしたトーンの愛弟子の声に、シライはつい写真の下の数字を目で追ってしまう。
「って、やめろそういう解説! やっぱ無理だ脱がすぞ!」
「いやだ。脱がない」
体をひねったクロノは、先の意趣返しのようにシライの腕を掴んだ。
「おれ、絶対に脱がないからな。今日は隊長が見える体位でしかやらない」
決意のこもった眼差しだった。
クロノは起き上がり、シライの肩に手を掛ける。シライに体を倒させてからくるりと後ろ向きになり、シライの腹をまたいで上に乗ると、おもしろさに気を取られて気の緩んでいるシライの性器を握った。
教えた通りの力加減で扱き上げられれば、シライの愚息は嫌でも反応する。クロノの顔が見えない代わりに、ゴローがシライのことを見下ろしている。
「集中できるようにおれが動く。おじさんは寝てていいよ」
- 投稿日:2024年9月16日
- 前作がそこまでギャグじゃなかったのでもっとギャグっぽいものをと思いまして……。ちゃんとギャグになってますかね?