おあずけ
- 合意の上での性行為
「すみません、シライさん、わし」
「アカバ、離れんな」
抱き合ってベッドに横になっていたアカバは、シライの胸をそっと押して離れようとした。この「そっと」を実現するためにアカバは腕だけではなく全身のコントロールが必要になったが、シライはそんなアカバの努力を無下にして、アカバの脚に脚を絡める。
「今日は挿れねえってだけで勃起まで禁止してねえよ。気持ちよくなんのが目的なんだから。それに――」
シライは首を持ち上げるとアカバの耳元に口を寄せ、「おれだって勃ってる」と付け加えた。
「シ、シライさん……っ」
シライの言葉を聞くよりも先、押し付けられた感触からシライの昂りに気づいていたアカバの顔は、ダメ押しの囁きで真っ赤になった。
憧れの人に情けない顔を見られたくないながら、生殺しの状態で肌を触れ合わせるのもまたつらい。
シライが解けてしまった抱擁を催促するように胸を擦り寄せてくるものだから、アカバは仕方なくシライの腰に手を回し直す。剥き出しの肌のどこに触れても気持ちが高まるばかりで、手を落ち着かせられる場所など見つかりはしなかった。
なぜシライはスローセックスなどというものを思いついたのだろう。アカバは気を紛らわせるために答えの出ない考えに没入する。
アカバの知るシライは、どちらかと言うとさっぱりした行為を好んでいる。欲しがるのはいつもアカバの方で、シライは与える側。もちろんシライからしたいと言うことは何度もあったけれど、年上の余裕か経験の差か、シライが欲に溺れて我を失くすところなど見たことがない。
そんな中で聞いたシライの「やったことねえんだよな」という言葉はたまらなく魅力的で、リードされるばかりの中で、二人で手探り進めていけるという幻想に押されて承諾したのだが――。
「動くなよ?」
「うぅ……」
湯が沸くときの泡のように頭を占める「限界」の二文字の噴出が、シライの一言でどうにか押し留められる。
本格的なやつは時間がかかりすぎるから、とシライは互いの性器に触れない簡易版を提案し、その通りにしているが、何をもって終わりとすればいいのかが分からない。挿入しないという大前提を守るために、お互い下着は穿いたままにしているから、張り詰めて痛い上に窮屈だ。アカバは腰をずり動かしそうになるのを気合いで止めて、代わりにシライの背を抱く力を強くする。アカバは巻戻士になって以降、シライが任務に向かう姿を見ていなかったが、六歳のあの日に憧憬を抱いた逞しさは未だ健在だ。
「パンツ脱いどきゃよかったな。先走りやべぇ」
「……ッ」
あっけらかんとした呟き。わざとか、わざとではないか、シライの一挙手一投足に振り回されるのが常のアカバには判断がつかない。熱を逃がすための呼吸が泣いているみたいに震えて、情けなさから本当に泣きそうになる。
「気持ちいいのは気持ちいいだろ? もうちょっと頑張ろうぜ」
アカバの忍耐は伝わっているらしく、シライは子供をあやすように背中をとんとんと叩いてくる。下穿き越しにシライの熱を感じていなければ絶望したくなるような状況だ。
「シライさんはつらくないんですか……?」
「さあ? どうだろうな?」
発言の真意を確かめたくて、アカバは首を引いてシライの顔がよく見えるようにするが、薄っすらと笑みを浮かべた顔からは余裕しか見えない。
「アカバおまえ、本当にかわいいやつだな」
アカバがシライの顔を見るということは、シライからもアカバの顔が見えるということだ。自分がどんな顔をしているか分からないまま目を泳がせたアカバの頬に、シライが手を添える。シライに促されて無視する選択肢など、アカバの頭には端からなかった。
「キスはいいよな?」
「……はい」
スローセックスを言い出したのはシライの方なのに、なぜかアカバに許可を取る形で、シライはアカバの唇に吸い付いた。最初から舌を入れるつもりで唇を舐めるシライが、舌足らずに「舌出せ」と催促してくるのに応えて舌を出す。
他人の体に入る初めての経験はシライとのキスで、アカバは今もなおシライ以外の体を知らない。意外とぬるいと感じるのは人体がラーメンよりも低い温度だからか、それともシライ特有の感触なのか、確かめる機会はなかった。
「ガチガチんなってんな」
シライはアカバの尻を抱き込むようにして、自身の股間でアカバの股間の硬さを確かめる。
「シライさんだって、そうじゃろ……っ」
「恥ずかしがんな。興奮してるんだから当然だろ。至って元気、勃ってるだけに」
アカバはシライがにんまりと笑ってから出した舌を口に含み、シライがしてくれたように自分の唇でしごきながら吸い上げる。ぬるぬるした感覚にゾクゾクして、名前の分からない衝動に突き動かされ噛みつきそうになる。
シライの唾液はいつもなぜだか甘く感じる。言えばシライは「おれが甘いもんばっか食ってるからじゃねーの」と嘯くが、アカバは自分がシライに抱いた好意によるものだと信じている。シライを独り占めする幸福感が甘さに変換されているのだ。
アカバはシライの背中から腰を撫で、一度躊躇ってから尻の肉に手を添えた。汗ばんでいるのはシライの下着か自分の手か。布一枚隔てた下にある生の肌の感触を想像して、アカバはぐっと指に力を籠める。
「ん」
「すんませんシライさん!」
あともう少しで触れるという期待をやり過ごそうとするあまり、シライの唇を噛んでしまったアカバは、慌ててシライの肩を掴んで体を離した。
「いいって。なんならもっと噛んでもいいぞ」
「それは無理じゃ」
アカバが首を振ると、シライは仕方のないやつとばかりに口元を緩めた。
傷になっていないか確かめるように唇を舌で舐め、アカバに目配せしてくるから、アカバは怪我した場所を舐める獣のような気持ちでシライの唇に舌を伸ばした。幸い血の味はしなかった。
詫びのはずなのに興奮してきて、それが正解だというように頭を撫でられた嬉しさから、アカバはもう一度シライの唇を吸い直した。触れ合わせたふくらはぎを押し付けるようにシライの脚を挟み込む。
「シライさん……わし、入れたいです」
アカバはシライの尻の割れ目をパンツの上から撫でた。
「どこに?」
「シライさんの中……」
「だからどこだ?」
「……シライさんの尻の、穴に、ちんこ入れたいです……」
「まあまあ及第点だな。でもだめだ。言ったろ、今日は挿れねえって」
シライはアカバの手をぽんぽんと叩き、握るように手を重ねる。ベッドの上だと感じさせないくらい穏やかな力だ。
「明日……いや、もう一つあるから明後日だな。おまえが任務から帰ってきたら前戯なしでもハメられるよう準備して待ってる」
シライはあくまでもスローセックスをやり通すつもりらしい。な? と同意を求めてくるシライの頭には、アカバのスケジュールが浮かんでいるのだろう。熱を宿しながらも浮かれ切ることのない瞳が憎らしくて、アカバは眉間に皺を寄せる。腹立たしさで一瞬、張り詰めている股間の痛みを忘れた。
「……慣らすのもわしがやります。だから、シライさんも触らんでください」
「へえ……できんの?」
「できなかったらシライさんもわしもお預けになるだけじゃ」
アカバは何度も触ったことがある、場所をしっかりと覚えているシライの肛門を下着越しに触った。指先に返ってくる尻肉とはまた別の弾力。「こら」とあまり止める気のなさそうな声を出したシライが、アカバの髪を耳に掛けながらくすぐってくるおかげでそこに入りたいという欲の高まりが逃せそうになく、頬の内側を噛んでみるも収まらない。
「わし! 部屋に戻ります!」
アカバは頭で考えるより先に体を起こしていた。遅れて「そうと決まれば」という言葉が頭に浮かぶ。
「その状態で? ここで抜いてけよ、見ててやるから」
「できません。シライさんにはさせんのに不公平じゃ」
アカバが首を振ると、まだ枕に頭を乗せているシライは目を丸くした。
「おいアカバ……」
アカバは起き上がろうとするシライの上に覆いかぶさり、シライの体の他の部分に触れないよう細心の注意を払いながら、一度だけシライの唇に唇を触れさせた。もっと、と溢れ出す欲求を抑えつける。
「明後日までオナ禁します。シライさんも触らんと待っとってください」
アカバは自分に言い聞かせるように宣言した。
- 投稿日:2024年10月28日
- アカバはスローセックス無理だと思います。展開がゆっくりなの無理なアカバはかわいい。