「十年と二年とその先」の続きの話です。以下のものが含まれます。
- 合意の上での性行為
- アカバが受動的(シライが優位)
続きを一緒に
「なーに頑張ってんの」
分かっているくせに。シライから言われたアカバの頭に浮かんだのは、普段のアカバなら決して抱かないような不満だった。
背中を丸めて屈み続けるより、体重を掛けてしまった方が楽なのは分かっている。アカバが体をシライから離しておきたい理由はたった一つ。キスをしているだけで、下半身がすっかり反応してしまっているからだ。
床に寝そべったシライは、自分に覆いかぶさっているアカバの頭をくしゃくしゃと撫でて、首を起こしてもう一度口づける。アカバが探り探りしていた触れさせるだけのものより深く、アカバが息継ぎのために吐いた息を吸い込んで、唇の内側の濡れた部分を合わせる。舌先のぬるりとした感触が、触れ合わせている唇だけでなく、下半身にまでダイレクトに伝わってくる。戸惑うアカバのうなじを撫で上げたシライは、襟足と首の境目をくすぐった。
「……おまえが来ないならおれから行くけど」
体を起こしたシライが、逃げ腰になるアカバの背中に手を回す。
「せっかくヤれる方にベットして勝ったんだから、ベッドでやりてぇよな」
そう言うくせに、シライはベッドに移動しようとはせずに、アカバの膝の上に乗り上げた。シライを見上げたアカバは、シライがずいと体を寄せたことを、視覚と同時に触覚でも知ることになる。膨れ上がった欲望に、シライが自らの体を擦り付けてくるのだ。スラックス越しに触れるシライの体に温度は感じない。
「はは、すげーな」
「シライさんっ」
声音に含まれているのは言葉通りの感嘆よりもからかいが多い。居たたまれなさからシライを退かせようとしたアカバは、伸ばした手を絡めるように取り上げられ、バランスを崩して後ろに倒れ込む。技量の差は明らかで、アカバにはシライを押しのけて主導権を握るビジョンが見えない。
「気分が変わったってんなら仕切り直してもいいけど」
シライとしたいと言ったのはアカバの方だ。この状況を楽しんでいるらしいシライは、子供に返答を促すように小首を傾げた。
アカバの中の気持ちは下半身の熱と同じくらい膨れ上がっていて、しないという選択肢はない。ただ、ひたすらに恥ずかしいのだ。自分の欲を、欲を欠片も見せないシライに見透かされていることが。
「……シライさん」
「うん?」
見上げるアカバの耳の下から顎の付け根へと、シライの指先が滑る。たったそれだけのことで背筋がざわめく。ここまでの触れ合いをしておきながら、未だに二人とも服を着たままであることがもどかしい。ごちそうを食べる直前に目覚めてしまう夢のようだ。
「このまま続けたい……です」
「いい返事。どっちやりてぇ?」
「は」
「抱くのと抱かれるの」
アカバとセックスすることをあれだけ渋ったくせに、焦らす気はないのか、シライはあっさりと服を脱ぎ捨てる。恥じらう必要などまるで感じない、鍛え上げられた肉体が露わになっていくのに思考の大半を奪われながら、アカバはシライに問われた意味を考える。
「おれはどっちでもいいぞ」
自身の上裸に釘付けになっているアカバの顔を見て笑みを深めたシライは、自身のベルトのバックルに手を掛けると、ちょっと考えてから手を離し、アカバの襟元に手を伸ばした。シライの意図に気づいて自分でやろうとするアカバの胸を押さえてとどめ、いつも通りの緩さで結んでいるネクタイを外しきる。次に手を出すのは当然シャツのボタンだ。
「想像ん中じゃそう雑作もねぇだろうけど、実際ヤるとなると手間がかかる。抱くにしろ抱かれるにしろ、今日は本番はおあずけだな」
言いながら、シライは剥き出しになったアカバの胸元に唇を寄せる。触れるか触れないかの優しい接触にうろたえたアカバがシライの肩を押し返そうとして、シライがその手を片方絡め取る。ついさっき同じやり取りをしたばかりだと思い出したアカバの手を、シライは再び握った。
手のひら全体に伝わるシライの皮膚の厚みと温度。緊張から握り返し、再び緩めようとするアカバの手指を、シライが妙な力加減でこすり上げる。体の奥がむずむずする。
「聞かせろよ。アカバの頭の中で、おれがどんな風になってたのか」
「……っ、その……」
「おれのこと考えながら抜いた?」
じわりと手に汗が滲む。
イエスかノーならイエス。けれどそれをシライ本人に言うのははばかられる。だというのに、答えは口にする前から明らかだ。憧れの人を汚したくないという潔癖と、憧れの人を自分だけのものにしたい独占欲。自覚したときは甘いばかりだった恋心は、余裕を隠さないシライによって、暴力性をはらんだ衝動に変えられようとしていた。
「言ったろ。おまえがしたいことはしてやりてぇって。おまえがおれのことめちゃくちゃにしたいって言うなら、おれは構わねぇ。それとも、受けて立つって言った方がやりやすいか?」
シライの目が、アカバの視線を誘導するようにベッドに向けられる。思惑通りにそちらを見てしまったアカバの耳に、軽い調子で「どうする? そろそろ移動する?」とアクセント位置を変えて言うシライの声が聞こえた。
シライのベッドはシライの匂いがする。子供を寝かしつけるようにベッドに寝かされ、今日一番の緊張を強いられたアカバは、「一回抜いとくか」と股間に伸ばされるシライの手をとっさに阻んだ。
驚くシライに、アカバは「すみません」と謝る。
「今出すのは……ちょっと」
「そのままじゃ窮屈だろ」
「それは……」
「脱ぐだけでいいから。な? 汚したら帰るとき困るだろ」
「それなら……シライさんも脱いでほしいんじゃ……」
シライは「ん」と短く答えて体を起こし、躊躇うことなくズボンと下着を下ろす。全く反応していないシライの股間を横目で見てからアカバは目を逸らした。見たのは一瞬なのに、目に焼き付いている。こんなときまで記憶しなくてもいいのに、と思っているうちに、シライがベッドの外に服を放り投げた。床に落ちたベルトがごとんと音を立てる。
「ほら、脱いだぞ」
元々上は脱いでいたが、靴下まで脱いだ素っ裸。腕を広げて示してから、勢いをつけてベッドに寝転ぶシライの気楽そうな様子にアカバは気後れする。不安を察したか、シライはアカバの側に寝返りを打った。
「できねぇ?」
優しげに聞かれて、アカバは首を横に振る。
アカバは視界に入るシライの素肌を気にしつつ、自分のベルトに手をかける。緊張と時間経過で少し鎮まっていたが、それでも股間は平常から遠い。引っかけながらも脱ぎきって、靴下に手を掛けたところで、シライがアカバのものに手を添えた。
「おれでこんなになるんだ」
「うう……」
「妙な意味じゃねぇ、冥利に尽きるって言ってんだ」
シライの手が自分の陰茎に触れている。感触よりも情報によって心臓がばくばくと高鳴って、盛んに血を送り出し始める。その血液に目指す先を教えるように、シライの手がアカバのペニスをしごく。アカバの頭にある答えは一つだった。
「わしは……シライさんを抱きたいんじゃ」
「くすぐってぇ」
ろくに見えていなかったものを見様見真似と言っていいものか。シライにされたことをし返すように、シライの肌を唇と手指で辿ってみていたアカバは、シライの笑い声を聞いて顔を上げた。
「もっと力入れても、体重かけても平気だ。おれが丈夫なの知ってるだろ」
ここ最近は、任務も含めて慣れたことしかしていなかった。居心地は悪くないが、期待に勝る不安が心臓を常にくすぐってくる。
アカバの不安を見抜いたシライの手が、アカバの頭に乗る。
「冗談。おまえに無理はさせねぇし、おれもしねぇ。約束したもんな?」
シライに耳たぶを撫でられて、今まで気にしたこともなかった部分まで性感帯になった気がする。シライの手つきに誘われるままにアカバが伸び上がれば、シライの唇が口に触れる。探ってくる舌先には、もう驚かない。
「……どこが触っておもしれぇんだろうな。このへん、力抜いてたら柔らけぇけど」
シライはアカバの手を取り胸に導く。むにりとした慮外の柔らかさが、アカバの思考を塗り潰した。
「……!」
「おっ、ビンゴ?」
胸を掴まされた手の形のまま止まっているアカバを、シライは促した。
「揉んでみろよ」
「う……」
もみもみと機械のように定速で手を動かすアカバの耳に、シライの抑えた笑い声が聞こえる。声が聞こえなくとも、シライの笑いは手のひらに振動として伝わってくる。雰囲気も流れも作れていないのは分かっていても、どうすればいいのか分からない。ただ、柔らかさと温かさに心は否応なしに安らいだ。
「乳首触ってみねぇ?」
「え」
「もしかしたら気持ちいいかもしんねぇだろ」
言われて、アカバはシライの乳首に目を向ける。一緒に海で泳いだこともあるのに、シライの発言のせいで、見てはいけないもののような気がする。
存在する意味が分からない、他の肌より濃い色をした乳輪の中心に指で触れる。場所を間違うはずないのに、アカバはついシライを見てしまう。返されたのは軽い首肯。アカバはこくりと頷き返し、ささやかな縁をなぞるようにして、何ということのない粒をくびり出す。人差し指と親指で摘めば、くにりとした弾力が返ってくる。たった一度の刺激で、少し、膨らんだ気がする。
「アカバ、見すぎだ」
「すんません……」
「いーよ。おれが恥ずかしいだけだ。どこ見てたらいいか分かんねぇよな」
アカバがシライの胸をおっかなびっくり触っているうちに、シライの手がアカバの下肢に伸びてくる。最初に触られたきり、自分でしごくのも違うような気がして無理やり意識の隅に押しやっていた熱の塊が、シライの手によって引き戻される。シライの手を追って無意識に動いてしまう腰を笑うことなく、シライはアカバに向けて「おれも気持ちいい」と言う。
まさか、乳首への刺激が陰茎への刺激と同じなわけがないだろう。アカバは自分ばかり気持ちよくなってしまいそうで腹に力を入れる。
「……舐めてみてもいいじゃろうか」
ぱちり、とシライが驚いた風に瞬く。
乳首と発音するのが恥ずかしくて、アカバはシライの胸元、触っていない側と見比べればふっくりと赤みを帯びた粒を目で示す。その間にもシライの手がアカバの先端をくりくりと撫でてくる。アカバは何度も瞬いて、シライを抱きしめて腰を振りたいという欲求をこらえる。今日はできないということは、いつかはシライの中に入れるのだろうか。
「じゃあ、自分でしごけよ?」
シライの手が陰茎を離れたのが先か、自分が腰を引いたのが先か。アカバはシライがどんな顔をしているのか確かめられないまま、シライの乳首に舌を這わせた。
「っ……ふは、くすぐってぇ」
シライの手がアカバの前髪を撫でる。撫でられながら、アカバは舌先に触れる先端を吸い上げる。吸って、緩めて、唇を寄せて小さな粒をもう一度舐める。耳をシライの呼吸に集中させながら、言われた通りに自分の陰茎を握れば、愛撫を疎かにしてしまいそうな強い快感が生まれる。陰茎をしごきつつ、口に含んだシライの乳首を舌で転がすと、シライが息を吐く音とシーツを擦る音が聞こえた。
期待を込めて、アカバは顔を上げる。
アカバがそうすることが分かっていたように、アカバを見るシライの目が細められる。
「気持ちいい」
問いかける前に返される答え。嘘も誠も関係なく、シライに微笑みかけられたというだけで、アカバの体は熱を持ってしまう。こっち来い、と言われたのにアカバは素直に従った。
「悪ぃけど乳首だけじゃまだイけねぇ。おれがおまえのしごくから、おまえもおれの触って」
な? と確認がてらに額にキスをされて、伸ばされていたシライの手に自分の陰茎を包まれたアカバはこくこくと頷く。体を起こしたシライに抱き寄せられて、アカバは初めてシライの屹立を視界に収めた。
「流石シライさんじゃ……」
「どういう感想だよ」
他人の性器だということを忘れてまじまじと見ていたアカバは、苦笑したシライがアカバの陰茎をしごき出したのに慌ててシライのものを掴む。竿を握ったときの手の感覚が、自分のものを握るのと違うことに目を丸くする。
「おれの触るの平気か?」
シライに聞かれたのに頷き、手を動かす。シライの深まる呼吸に感じたのは乳首を舐めるよりも確かな手応えだ。ちらりとシライを見上げて、シライが自分のことを見ているのに気付いて視線を泳がせる。その間にもシライの手はアカバを追い詰めてくる。湧き出る先走りを塗りつけるように亀頭を撫でられて、アカバは自分の与える刺激がシライの快感になっていればいいと願いながらシライの裏筋を撫でた。
「アカバはオナニーそうするんだ?」
「シラ、イさん……っ」
恥ずかしさと憤りで顔が熱くなる。睨みつけてもシライは悪びれず、さらに体を密着させてくる。シライの上に向かい合わせに乗り上げさせられた太腿同士がこすれて、シライを感じる範囲が大きくなる。体を引こうとするアカバの肩をシライが抱き寄せた。
「おれのやり方も教えてんだからおあいこだろ。おかずとして今後もご愛顧くださいますよう――」
言葉を途切れさせたシライが熱っぽい目でアカバを見て、それから耳元に唇を寄せる。
「もうイきそうだろ」
吐息に耳朶を撫でられて、あっと思ったときには遅かった。
「……っ!」
「お疲れさん。おれもあと少しだから」
快感に脳を灼かれながらもアカバはこくりと頷いて、シライの太い幹を握り直す。けれども加減が違ったのだろう。アカバのものを絞り出したあとでアカバの手ごと自身を握ったシライは「遠慮しすぎ」と言いながらしごき立てる。狼狽える間も与えられない、あっけないような短い時間だった。
「今ので覚えられたろ。今度ヤるの楽しみにしてる」
精を吐き出す陰茎をアカバに握らせながら、シライはうっそりと笑った。
「――さて、次回までに容易にやれるよう用意しとかなきゃな」
ティッシュをゴミ箱に放り入れ、すっかり元通りの顔をしたシライは、射精した後の罪悪感のようなものに迫られているアカバの顔を覗き込む。その目を、アカバは見つめ返した。欲を放ったばかりなせいもあるかもしれないが、シライの眼差しはいつもに輪を掛けて優しい。
「……わしの知らんとこでシライさんが大変な思いしてるのはもう嫌じゃ」
「別に大変じゃねぇよ」
ベッドから立ち上がろうとするシライの腕をアカバは掴んだ。座り直したシライの前で正座する。今日はシライにリードされるばかりで何もできなかったという反省がある。
「だから、わしがやります。やらせてください」
アカバは自分の膝に手を置いて、背筋を伸ばして言い切った。
「……すぐにはできねぇぞ。途中で飽きんなよ?」
「はい!」
「おれは後ろ使うの初めてだから優しく頼むわ」
言ってから追加で囁かれた「なぁダーリン?」というのがふざけているのだと分かっていたのに、アカバはすっかり元気になってしまった。
- 投稿日:2025年12月17日