実用品 take2

実用品」のセクシーランジェリーバージョン。

「なあ、もう脱いでいいだろ」
「だめだ。おじさん終わったら捨てる気だろ。お金もったいないよ」
「置いといてどうすんだよ。買ったおれがいいんだからいいだろ」
 シライの言葉の最後の方はクロノに聞かせるためではなくただのぼやきだった。
 自分のベッドに横たわったシライは、「何か言った?」と覗き込んでくるクロノに対して力なく首を振り、クロノの肩に触れていた両手をぱたりと頭の脇に落とした。分かりやすい無抵抗アピールだ。
 今のシライは衣服としての意味があるとは思えない、透けに透けた布切れを纏っている。商品の名称である「ベビードール」という単語の真意は実物を手にした今も分からず、下に穿いている共布で作られたパンツはほぼ紐だ。股布に関しては体格に見劣りしない大きさのシライのナニを収めるにはギリギリの面積で、ベッドまで歩くのも横になるのも、はみ出てしまわないよう細心の注意を払う必要があった。
 この際どい下着は断じてシライの趣味ではない。
 かといってクロノの趣味でもない。
 二人で見ていたドラマのナイトクラブの衣装に触発され、一回やってみるか、と興味本位で買ったものだ。現時点では二人で通販サイトを見ていたときの盛り上がりを越えられておらず、失敗したような空気が漂っている。
 クロノの体に触れるのをやめてしまったがために余計に手持ち無沙汰になったシライは、見慣れた自室の天井を睨みつけた。
 クロノが着ている上から舐めるせいで唾液で濡れたレースが肌に張り付いてひやりとするし、ちょっと身動きするたびに細い糸で乳首が擦れる。格好の恥ずかしさに、布越しとは違う今までにない感覚が加わってきて落ち着かない。
「おじさん、平気?」
「へーき」
 本当にシライのことが心配になったのではないだろう。わざと擦れさせるようにベビードールの裾を引いたクロノに聞かれて、シライは舌打ちしそうな気分で答えた。気持ちよくなるのが嫌なのではない。女装としても中途半端な変態くさい格好で、クロノを置いてけぼりに興奮してしまうのが嫌なのだ。
「なあクロノ、そろそろ脱げよ。おれだけ盛り上がるんじゃつまんねーだろ」
「ううん、楽しいぞ」
 嘘をついているようには見えない真っ直ぐな瞳。クロノは左手でシライの右の乳首を摘みながら、左の乳首を口に含んだ。
 クロノが乳首を吸い上げる様子は、赤ん坊が乳を吸うようにいやらしさの欠片もない。快感をやり過ごすシライの頭に去来したのは、己の日頃の行いに対する反省だ。クロノに男でも乳首で気持ちよくなれることを教えたのはシライで、クロノはシライがクロノの体に実地で教えたそれを実施しているに過ぎないのだ。
「おじさん、もしかしてこの下着着てると痛い?」
「……痛くはねえよ」
 クロノはシライの緊張をほぐすように、そっとシライの股間に触れる。愛撫ではなく、ぶつけた患部を気遣うような仕草だ。今ここで痛いと言えばこのスケスケのすけべ下着を脱げたことにシライは気づいたが、クロノの思いやりを嘘で引き出すのは気が引けるから、言う前に気づいたとしても結果は同じだった。
「どんな感じ?」
「どんなって……すーすーする」
 シライが普段はいているのは実用一辺倒のボクサーパンツだ。運動しやすいようにタイトではあるものの、締めつけ感は一般の下着の範疇を出ない。今穿いているレースの下着のように、丸裸並みに空気を通しているのに肌に張り付くという奇妙な感覚はなかった。
 クロノはなおもシライの前を擦ってくる。立体感を出すための縫い目をなぞるクロノの手指の触感は伝わらないのに、体温だけが最も敏感な部分に染み込むように伝わってきて、シライはシーツを踏む足の指をもそりと動かした。
「後ろも痛くないか? 確か結んでたよな?」
「痛くねえって」
 パンツの紐は後ろで蝶々結びをするようになっている。寝転がったときに結び目が当たるなんていう感覚はとっくになくなっているし、そもそもシライはそんな細かなことを気にするタイプではない。クロノもそれは分かっているはずで、つまり、クロノの発言はシライの意識を下着に向けさせようとしているということだ。
 さてはこいつ、案外気に入ってんな。
 クロノの意図を察したシライはちらりと目を上げて、ぱっと見は何も変わらないクロノの表情を確かめる。クロノはスーツの上着すらも着たままで、任務帰りにそのまま寄ったというのがありありと分かる格好だ。
 好機到来。シライはひっそりと口元を緩めた。
 クロノに送ったメッセージはたった一言「届いた」だけで、会いたいとも、待ってるとも書かなかった。メッセージを見たクロノが部屋を訪ねてくるかどうかは完全に賭けで、シライは一回り下の恋人が任務の疲れを押して訪ねてきてくれる方に賭けて下準備を済ませ、それをおくびにも出さずにクロノを部屋に迎え入れた。むっつりすけべはお互い様ということだ。
「クロノおまえ、こういうの好きなのか?」
「好きだ」
 わざとらしく口角を上げ、からかう気満々の声音で言ったシライがクロノの頬に伸ばそうとしていた手は、逆に取られて再びベッドに戻される。
「おじさんよく似合ってる。かわいいよ」
「……かわいいって思ってる顔じゃねーだろ」
「大丈夫、かわいい」
 真顔も真顔。クロノの口調は完全に自分に言い聞かせている口調だった。
「かわいいから、おれが脱がせるまで脱がないでほしい」
「……おう」
 シライの返事を聞いたクロノは笑おうとしたらしい。が、口を開けきれないままフリーズすると、ずるりと滑り落ちるようにシライの上に倒れ込む。
 自分の手首を掴むクロノの手の子供じみた温かさから、何となくそうなる予感がしていたシライは、深い寝息を立て始めたクロノの背中をぽんぽんと叩いた。



「おじさん」
「……ちゃんと着てる」
 クロノの呼びかけを聞いたシライは、違うと分かりつつもパーカーの裾から手を入れ、ズボンの中から鮮やかな青色のベビードールの裾を引き出した。目はPCモニターから逸らさない。
「ごめん」
「構わねえよ。任務の後だ、疲れてて当然だろ。……よく眠れたか?」
「うん」
 シライはくるりと椅子を回して背後に立つクロノの顔を見上げた。
 約二時間。クロノが用がなければずっと眠りこけていることを知っているシライとしては気になるところもあるが、仮眠の時間としては理想的で、見る限りクロノの顔色に不調の気配もない。シライを残して寝落ちた気まずさがあるだけだ。
 シライはふっと表情を緩めた。
「呼び出しがかからなくて助かったぜ。いくら見えないっつっても見栄がある。このまま出るのはごめんだからな」
 シライはウォールハンガーに掛けたクロノのジャケットとネクタイを返してやるために立ち上がる。ベビードールを詰め込んだ腹回りはごそごそするものの、パンツの布面積の小ささに関してはズボンをはいてしまえば気にならなかった。
「おじさん」
 クロノに袖を引かれ、シライはわざとなんでもない顔で振り向いた。
「なんだクロノ、もっと働けって?」
「違う」
 クロノが言いたいことを分かった上でシライはクロノの顔を見つめる。盛大な肩透かしを食らわされたのだ。これくらいの焦らしは許されて然るべきだった。
「……下着、もう一回見せてほしい」
 語調は控えめに、腕を掴む力はしっかりと。正直すぎる様子にシライは頬が緩まないよう顔面の筋肉を総動員させる。たまには年上の余裕というやつを見せてやらなければならない。
「もう一回も何も、おまえが脱がすまで脱がねえって約束したろ。ほら、脱がせてくれよ。机でもベッドでもどこでもいいぜ」



「だから! なんで脱がさねぇんだよ!」
 ベッドにうつ伏せになったシライは、パンツの紐の隙間から尻に口付けるクロノに向かって声を張り上げた。拳で叩いたベッドはぼすんとくぐもった音を立てる。
「なんでって、先に言っただろ、もったいないって」
「もったいないも何も、おまえに見せた時点で元は取れてんだよ!」
「おれのために着てるってこと?」
「そーだよ」
「それならおれがどうしようが自由だろ。それに」
 ぐい、とパンツの紐を引かれる。後ろから見れば玉が丸見えだろうが、そんなことは今はどうでもいい。クロノは黙り込んだシライのもったりと重くなった玉袋を揺するように、伸縮性のあるパンツの紐をくいくいと引く。布が前に擦れて気持ちいいことは、この際シライは黙っていることにした。
「このままでもできる。おじさんいつも言うだろ、前は触らなくていいって」
「おまえなぁ……」
 先の叫びのおかげで雰囲気は壊れる心配をする必要もなく壊れている。振り向いたシライは、もう眠気などないはずなのに据わった目をしているクロノを見てちょいと眉を寄せた。
「念のために聞く。クロノ、おまえこれ、どう思ってる?」
「おじさんによく似合ってると思う」
「お褒めの言葉をどーも。エロいと思うか?」
「……分からない」
 クロノは小さな眉と眉の間をぐっと寄せた。
「せっかくおじさんが着てくれたんだから楽しみたいと思ってるけど、見ててムラムラするとかはない」
 体を起こしたシライは座り直し、額に手を当てた。クロノと違いシライの方は与えられた刺激で盛り上がっていたが、まだやり過ごせる範囲だ。
「それ先に言えよ。おれが恥ずかしいだろ」
「この間一緒に観た映画みたいに、途中からおもしろくなるかもしれないと思った」
 ああ、とシライはやたらと長く感じた冒頭二十分のことを思い出した。互いに視線がリモコンに行っていることを知りながら、もう少し様子をみてみるか、で流し続けたのだ。いちゃつくにもやりづらいヒューマンドラマの二十分だった。
「……クロノ、次おまえ着てみるか?」
「いらない。おれは似合わない」
「おれだって似合ってねえよ」
「大丈夫、似合ってる」
「なんの励ましだよ、似合ってなくても構わねえよ」
 シライは苦笑しながらベビードールの腹回りを掴み、パーカーを脱ぐときの勢いで一気に脱ぎ捨て――ようとしたが、クロノの手に止められた。
「だからおじさん、脱いじゃだめだって言ってるだろ」

投稿日:2024年11月16日
エッチな下着に興奮するクロノというイメージが抱けず結局こうなってしまった。