シライとクロノとウンコの話

 巻戻士本部に来てからというもの、健康管理の一環として、クロノの排泄に関する情報は師であるシライに伝わるようになっている。候補生といえどもクロノは時空警察の監督下にあり、シライ一人が責任を負う必要はない。しかし日々のトレーニングメニューを考える都合、クロノの健康状態は知っておいた方がいいという考えの下、シライは高機能トイレの情報共有先を自分に指定したのだ。もちろん、クロノ本人の承諾は得ている。
「おじさんのウンコの写真はないのか?」
 トイレから戻ったクロノはシライに尋ねた。
 高機能トイレが取得した情報は、研究機関に送られる際は、プライバシー保護のためにデータマスキングを行った上で送信されるから、クロノの糞便だと知った状態で情報を見るのはシライだけだ。シライは毎回クロノの排便状況を見ているわけではなかったが、見る気になれば総天然色の写真を確認できる。ちなみに撮った大便を3Dでぐりぐり動かせる機能はβ版の時点で削除されている。
「おれの?」
「うん、おじさんの」
 最初に頭に浮かんだ「おれのなんか見てどうするんだ」という疑問をシライは打ち消した。健康な大便を説明する言葉は数あれど、視覚情報としては様式化されたイラストで見るくらいしか叶わない。巻戻士になったあとに直面する様々な想定外を考えてみれば、普段見られない他人が出したものを見る、というのもいい経験になるかもしれない。やってみせ、というやつだ。
「クロホン」
「おう!」
「クロノ、こっち来い。顔認証してる間しか表示されねえから」
 クロホンに呼びかけたシライはクロノを手招いた。デスクチェアを斜めに引いて、シライとクロノ、二人が見るのに丁度いい高さでホバリングするクロホンの画面を肩を寄せ合い覗き込む。
「……思ったより普通だな」
「どういうのを期待してたんだよ。いくらおれでも稀代なもんは出ねえよ」
 シライはぱっと見では変化がない、よくよく見れば微かにつまらなさそうにしているクロノの顔を横目に見た。少し横目を使ったくらいではクロホンの顔認証は解除されず、画面にはまだ白い便器に収まったシライの大便が表示されている。黄褐色のバナナ型。オーソドックスな「健康な便」で、今朝撮れたばかりの写真だ。決して見栄を張って健康な日のものを表示させているわけではない。
「おじさんは体が大きいから、ウンコも大きいのかと思ってた」
 シライの脳裏にクロノが最近読んでいた本の表紙がよぎる。動物のウンコに関する本だ。表紙に人間がいた覚えはないが、まあ人間も動物か、と納得する。
「そりゃあおれはおまえよりでけぇけど、ゾウやトラよか小せぇだろ」
「でも、おれより食べる量は多いだろ」
 それもそうか。再度の納得を得たシライは自分の大便と向き合った。量としてはクロノが普段出しているものと変わらず、心持ち長いくらいだ。適度な軟らかさがあるおかげで、水に浸かった下部は便器の曲線に沿って緩やかな弧を描いている。
「一回分我慢すりゃでかくなるか……」
「シライ! 我慢は便秘の元だぜ!」
 断る理由がないために希望に応えようとしたシライをクロホンが制止する。常識にとらわれすぎないのは任務達成の秘訣の一つだが、自らの健康を害していては意味がない。健康でいるために排便の観測をしているのに本末転倒だ。
 そこで、シライはひらめいた。クロノを流し目に見てニヤリと笑う。
「巻戻士にはおれよりでけぇヤツがいるだろ。聞きに行こうぜ」

 シライに連れられる形で隊長室に入ったクロノは、物珍しげにあたりを見回したくなるのを我慢して、巻戻士創設者であり隊長でもあるゴローの顔を見た。ゴローは一度ならずと言葉を交わしたことがある相手ではあったが、シライよりもずっと大人の男然とした様子には少なからず緊張を強いられる。
 クロノの側に立ったシライが、励ますようにクロノの肩を叩く。
 それで、クロノは息継ぎをするように口を開いた。聞きたいことは決まっている。あとは口から出すだけだ。
 クロノはシライに大便の写真がないのかと問いかけた理由――体格の違いによる排泄物のサイズ差という疑問を、ゴローに対して投げかける。もちろんシライ相手にするよりも丁寧に、疑問を持つに至った理由である読んだ本の内容も付け加える。
 クロノが質問をしている間、巻戻士相手にするように視線を逸らさずにクロノのことを見ていたゴローは、クロノが質問を終えると、クロノの緊張した面持ちから一度視線を外した。常に深く刻まれた眉間の皺が一層深くなる。
「……排泄物の量は食べたものの量に左右される。おれはおまえより胃が大きく、食べられる量も多いから、最大値としてはそうなるだろうな」
 再びクロノに目を向けたゴローは、眉間に皺を寄せたまま答えた。
 クロノはゆっくりと頷き、自分の説明だけでは足りなかった時のために持ってきていた本を抱き締める。そして、ぺこりとお辞儀をした。
「ありがとうございます、ゴロー隊長!」
「いや」
「答えが分かってよかったな、クロノ」
 ゴローの重々しさを軽減するようにシライが言うと、シライを見上げたクロノは「うん」ともう一つ頷いた。
「じゃあ帰るわ。に来たのにサンキュー隊長」
「シライはここに残れ」

「――てなこともあったな」
 クロホンからスマホンへ、シライの管理下にあったクロノの過去の健康情報を転送する。不意の事態に備えて飛行せず机の上でデータの送受信をしている二台を見ながら、シライとクロノは時間潰しの取り留めのない雑談に花を咲かせていた。
「あのあとおじさん、バイキングに連れて行ってくれたよな」
「食ったら食っただけ出るからな。食物繊維だ何だってのもあるけど、でけぇウンコが見てぇなら、大量に飯食うのが一番早い」
「隊長のアドバイスなのか?」
「あれは別件。隊長飯を計って食えるタイプだぜ。たぶん何キロ食ったらウンコが何キロ出るかも知ってんだろ」
「……」
「知りてえの?」
 机に頬杖をついていたシライは興味を引かれたらしいクロノの横顔に尋ねる。
「……気になる」
「クロホン、終わったら頼む」
「任せろシライ!」
 腹筋の要領で体を起こしてシライの方を見るクロホンを、シライは指で押して寝かせ直し、「これくらいなら問題ないぜ」と言うのに「知ってる」と返す。
「久しぶりに比べるか。成長期だろ。でかくなったんじゃねえの?」
「いいぞ。でもおじさん、ちゃんと飯食ってるのか?」
「言ったな? 公開してやるから後悔すんじゃねえぞ」

投稿日:2025年3月16日
運命の巻戻士プチオンリー「Re:scue」で発行した無配です。ネタがネタなので表紙にウンコのイラストを載せ、こちらからは勧めないようにしていたのですが、意外と皆さん受け取ってくださって嬉しかったです。印刷用ファイルはこちら。A3サイズ白黒片面で印刷して切って折ってすると文庫サイズの折り本ができます。