願掛け

短針中パラレル。少し怪談要素を含みます。

「髪の毛はどれくらい入れるんだ?」
 ぎょっとした顔をしているアカバに気付かないのか、シライは「なんで入れるんだろうな、神頼みと髪をかけてんのかな」と能天気そうに言った。
 剣道大会の予選を終え、本戦に向けて練習に励もうというときだった。気を張り詰めたままだと却ってケガをするとシライに誘われ、四人連れ立ってゲームセンターに遊びに行ったのだ。ちなみに、団体戦に出るには人数が足りないからエントリーは個人戦だけで、本戦に進んだのはシライとアカバの二人だけだ。
 レーシングゲームにクレーンゲーム、ちょっとレトロにピンボール。騒ぎ立てるアカバを宥めながらプリクラを撮って、そろそろ帰るか、とはしゃぐ後輩たちに号令を掛けたのは当然、部長のシライだ。いくら残念に思っても、シライに「おれだっておまえらともっといてぇよ。でも制服だし承服してくれ」と言われては引き下がるしかない。
 入れ違いにゲームセンターの店内に入っていく高校生の鞄についていたフェルト製のぬいぐるみに目を留めたのはレモンで、キットが売ってるらしいぞ、と妹のトキネに教わった情報の受け売りをしたのはクロノだった。これが最後な、と言いながら手芸用品店に行くまでは居残り組のクロノとレモンで作るという話だったのに、シライが自分も作りたいと言ったから、シライがやるならやると言い出したアカバも含め、四人で一個ずつ作ることになった。クロノにアカバ、レモンは、シライが「クロノとレモンは来年の試合の勝ち抜き祈願だ」と言うのに対して気が早いと思ったが、シライが今年卒業してしまうことを分かっているために、口には出さなかった。
「髪の毛は入れんのじゃないじゃろうか……」
 そう言いながらアカバが手芸用品店で買った部活動向けのお守りキットの袋に目をやるから、ついにアカバも手順書を読むのか、とクロノは固唾を呑んで見守った。だが、残念ながらレモンが先に「材料表には書かれていない」と言ってしまった。
「毛髪をお守りとする文化は実在する。けど、部活のお守りに入れるというデータはない」
「入れるとしたら洗ってから入れるんかのう」
「レモンの髪ならまだしも、おれの髪を入れると縫い目から出そうだな」
 アカバにもそういう洗わないと不衛生だという感覚があるのか、とアカバの手早すぎる入浴を知るクロノは感心した。学年行事の旅行で一緒に風呂に入ったから知っているが、学年が違うシライとレモンは知らない情報だ。知っていても何の嬉しさもないアカバの秘密(と呼べるのかは謎だが)は脇に置いて、クロノは髪の毛を入れることについての所感を述べる。
 言い方は違えど、後輩の意見は三人共、髪の毛を入れない方向に傾いている。「そうなのか」と意外そうに言ったシライは、自分の手元にある縫いかけのフェルトに目を落とした。剣道部仕様のお守りの型紙は面と胴を選べたから「ってどう?」というシライのギャグにひとしきり笑ってから、フェルトを切り出すのがまだ簡単そうな胴を選んだのだ。一緒に綿も買ったから、髪の毛が入る余地はない。
「去年もらったのには入ってたんだよ。面の形だったからか?」
「去年?」
 去年ならクロノはアカバと共に新入部員として剣道部に在籍していたはずだが、シライがお守りらしいものを持っていた覚えがない。クロノが記憶を辿ろうとしたところを、シライが「部員全員分作れなかったから内緒にしてほしいって言われたんだよ。黙っててごめんだけに」とちっともごめんと思ってなさそうな顔で言う。
「それじゃあわしらが知らんのも無理ないのう」
 学校内のシライの人気は確かなもので、シライだけ応援されることに不満も何もなかったが、そうでなくともギャグがおもしろくて怒るどころではなかった。クロノは腹を抱えながらアカバの言葉に同意する。
「大っぴらに付けらんねぇから鞄の中に入れてたんだけど、縫い目が解けたのか、中から何かはみ出してたんだよ。押し込むかーって手に取ったら髪の毛が出てんの。どっかで付いちまったのかなって引っ張ったら、取っても取っても出てくるから、中身なくなっちまうかと思って途中でやめて押し込んだ」
「そのお守りはまだあるの?」
「さあ……捨てた覚えはねーんだけど、試合後に鞄探しても見つからなかった。持ちもんがなくなんのは今に始まったことじゃねぇから今まで忘れてた」
 しゃべりながらも順調に針を進めていたシライは、手順書と自分の手元を見比べて、満足のいく出来だったらしい。後輩たちの進み具合を気にするように、円座しているそれぞれをぐるりと見渡す。一番進みの遅い自覚があるクロノは、シライの視線を感じながら黙々と縫い進める。
「おれ去年優勝したから、入れたらご利益あるんじゃねーかもと思って」
「でも師匠は一昨年も優勝だったじゃろ?」
「よく知ってるな」
「校長室の横にあるトロフィーに師匠の名前があったんじゃ!」
「ああ、あれ、持って帰んの忘れてた」
 短針中はスポーツで有名な学校というわけではない。場所に余裕があるからか、団体競技の盾やトロフィーに交じって置かれたシライの二年分のトロフィーも邪魔にはなっていないらしい。
「今年あそこにアカバのが並ぶの楽しみだな。頑張れよ。当たっても手加減はしねえぞ」
「はい!」
 勢いよく返事をしたアカバは、再び小さなフェルトに向かうには勢いを持て余したらしい。「一回走ってきます!」と宣言するや否や、ドアを破って駆け出していった。針を針山に戻してから行くあたり、剣道部員に怪我をさせないようにする気持ちはあるらしい。
「……できた」
 表に返すところまで追いついたクロノは、クロノの作業を待っているらしいシライとレモンに目を向ける。そこで、クロノは違和感に気が付いた。
「シライ先輩、面を作ってるんですか?」
面倒でも面胴揃ってる方がいいだろ。胴はレモンに任せた」
 胴とは異なる形のフェルトが床に二つ、手元に一つ。言われたクロノがレモンの方を見ると、膝の上には表に返された胴が一つ載っている。クロノの作業が遅いというのがあるにしろ、シライもレモンも相当な作業スピードだ。
「面が一つ足りないんじゃ……」
 まさかとクロノはアカバが座っていた場所を見るが、入れかけの綿がはみ出た胴が一つ転がっているのみでホッとする。
「おれのはさっき言った去年の一応探してみるわ。探すよりか作った方が早ぇかもしれねーけど」
「探した方が作った人も喜ぶと思います」
 シライが「だろ」と得意げに言う声にかぶせて、アカバが「ただいま帰参!」と叫びながら剣道場に戻ってくる。幸い壊れたままになっていたドアがこれ以上壊されることはなく、レモンがドアを元通りにすべく立ち上がる。
「来年は団体戦も出られたらいいな」
「出るなら女子が四人に男子三人必要ですよ」
 避けていた来年の話、シライがいない年の話をされて、クロノは確かな返事を返せずに綿が入った袋を引き寄せる。
「弱腰じゃのう。そんなんじゃから初戦で敗退するんじゃ!」
「関係ないだろ」
 クロノはムッとするが、アカバは皮肉ではなく本当にそう信じているらしく、自分の発言に含まれる棘を気にした様子がない。妹のトキネも「お兄ちゃんならできるよ!」と励ましてくるのだから、確かにまずできると思うのは大事なことなのかもしれない。
「新入生だけじゃなく在校生にも声を掛ければいい。今年活躍を見せれば、剣道に興味を持つ人も現れるかもしれない」
「そうだな、レモンの言う通りだ。在校生にもチラシを配ろうか」
「なんでおまえが仕切るんじゃ! 次期部長は一番弟子のわしじゃぞ!?」
 ドアの修理から戻ってきたレモンがクロノに言うのに、アカバが抗議の声を上げる。剣道部は人数が少ないために副部長を置いていない。新年の人事は不明で、シライも未だ後任を指名していない。レモンの「クロノの方が向いている」という発言に、アカバはますますいきり立つ。
「部員が増えるといいな。フェルトだけに」
 クロノとレモン、アカバが部活の宣伝方法に盛り上がっている間に、シライはお守りを縫い上げたらしい。積み上げた座布団から降りて一人一人に手渡していく。レモンに食ってかかっていたところから一転、アカバがお守りを見る目の輝きはプレゼントをもらった子供のようで、クロノも受け取るのが無性に楽しみになってしまう。
「ほら、クロノ」
「ありがとうございます!」
 受け取ったクロノは手元を見た。たこさんウィンナーを平面にしたような形の紺色に、白糸で表現された面金と、それを縁取る赤色の糸。シライが作ったお守りの手の込みっぷりに、クロノはまだ手元にある自分の作った胴に目を落とした。縫い目が大きかったのか歪になっているところはあるが、一応、見本通りには作れている。
「クロノ、綿を取ってほしい」
「あ、すまん」
 綿の袋をレモンに手渡してから、クロノは綿入れ口を綴じにかかった。

投稿日:2025年4月19日
シライのギャグにウケる描写が一番不気味に感じる。