以下のものが含まれます。
- 同意の上での性行為
- (顕著ではないが)恋愛感情
手取り足取り
入れる穴が見やすい。そういう理由で、初めてのセックスは後ろからの挿入だった。
指三本が問題なく入るというところまでお膳立てをし、ベッドの上に丸まるようにして膝をついたシライに、「ほら、入れていいぞ」と招かれる。コンドームをかぶせた先端を、迷う余地もなく一つしかない穴に含ませて、言われた通りに体重をかける。手取り足取り、補助輪を外したばかりの自転車の練習をするような、散々とは言わないまでも格好がつかない有り様だった。
コーチングにしたってやりすぎなくらいしゃべり通しのシライに気を散らされて、けれどもそのおかげで何とか間を持たせられる。最初の射精はあっけなく終わり、息一つ乱さないシライが上出来だと笑うのに、クロノはまるで独り相撲を取っていたかのような釈然としない思いを抱いた。
シライが言った「中折れ」の意味は後で調べて分かったことだが、単語の意味を知らずとも、設定された及第点が相当に低かったことは肌感覚で分かる。訓練のハードルを徐々に上げていくなんて丁寧なことをしてこなかった師のそれは、性交を経験することがクロノが巻戻士になった目的と関わりないがゆえの甘やかしであったのだろうが、ある意味ではクロノに対する侮りとも言えた。
「次はちゃんとおじさんのことも気持ちよくしたい」
「随分やる気じゃねぇか。それなら今教えてやるよ」
抱負のつもりで宣言するクロノにシライが返した言葉は、表情と合わせて挑発じみていて、驚き目を丸くするクロノに、シライは我が意を得たりとばかりに笑みを深めた。
行為を始めたときよりもいくらか乱れたシーツに体を横たえて、過不足ない筋肉を纏った片足を抱え上げて、クロノのものを受け入れるために潤滑剤まみれにした、本来ないはずの緩みと赤みが残るそこを曝け出す。シライが取った体勢は、わざとでなければあり得ない。
「見えるか?」
「……見える」
わざわざ聞かれることに煩わしさを感じるくらい、クロノの目はシライの陰部に釘付けだった。自分の体のことだ。項垂れていた股間が力を取り戻したことは、にんまりと笑んだシライの視線を追って見るまでもなく分かっている。
「じゃあ、指入れてみろ。ゆっくりな」
言われるままに指を飲み込ませると、柔らかくて温かい、人の体そのものの温度に包みこまれる。クロノが感じる他者の体温という以上に、受け入れているシライは感じるものがあるのだろう。きゅ、と反射のように窄まった入り口が、シライの呼吸とともに再び緩められる。指示を待つことなく、勝手をしたくなる気持ちをクロノは堪えた。恐らくきっと、シライはクロノが勝手をしても咎めないのだろうけれど。
「もう少し深く入れろ、入れすぎたら抜いたらいいから。腹側の……そこだ。そこがおれの気持ちいいとこ。分かるか?」
「なんか……柔らかい?」
「柔らかいのは全部だろ」
くつくつと喉の奥で笑って、シライはクロノに指を増やしてみるように言う。人差し指に次いで中指を含ませると、指の幅の分だけ広がりながらも肉色の縁はクロノの指を締め付ける。
既に心地を知った中だけに、クロノはごくりと唾を飲んだ。陰茎は既に痛い程にみなぎっている。
「今みたいにじーっくり触ったら分かるだろうけど、外からじゃ見えねえし、ちんこで触るんじゃもっと分かりにくい。出して、入れて、入り口からの距離を感覚で覚えろ。間隔だけに」
「分かった」
手前から奥へと、ゆっくりと指を入れていけば、シライがそこと言ったあたりに感触の違う部分がある。思い切って指を奥まで入れて、それから再び手前へ指を引く。クロノが確認の意図を込めてシライの顔を見れば、クロノが触っている間中ずっとクロノの顔を見ていたらしいシライはにやりと笑った。
「完璧じゃねぇか。しばらく好きなように触っていいぞ」
クロノは自分の指を咥え込んだシライの局部を凝視しながら、中に入れた指をずらしていく。温かくぬめる腸壁のうち、わずかに膨らみを感じる部分に触れ直す。感触の異なる部分の範囲を確かめるつもりで、少し押さえるように指を動かしていくと、ぴくりとシライの体が震える。少し遅れて、シライが密やかに息を抜く気配がした。
シライの言う「気持ちいいところ」という言葉を信じるのならば、今この瞬間も、もしかして。
仮説と言うには稚拙な妄想だったが、目をやったシライの陰茎は始める前に見たときよりも膨らみを増していて、クロノはシライの顔を窺い見る。シライが遅れて目を上げて、彼我の間に静電気でも走ったような感覚。わずかに眉を寄せながら自分を見ているシライの目の奥に、見たことのない色が覗いた気がして、とくん、と心臓が跳ねる。
クロノは口を開いたが、渇いた喉からは何の言葉も出てこなかった。
「コツが掴めたなら実践といくか」
足を抱えた手はそのままに、シライは自由な方の手をクロノに向かって差し伸べる。迎えようとしているのはクロノの手ではなく陰茎だ。
出てこない言葉の代わりに息を吐いて、クロノはずり、と膝を詰めた。シライに代わってシライの膝を押す。
「……おじさん、コンドーム取って」
「いけね、忘れてた」
一旦自分の足を離したシライはコンドームのパウチを開けて、クロノの先端にぴたりと添えた。手で支えていたときの角度のまま微動だにしない太腿に、やっぱりわざとなんじゃん、とクロノは胸の中で呟いた。
このまま腰を進めろという意味か、それとも自分の手で着けろという意味か。クロノは確実な方を選ぶことにして、シライの手からコンドームを受け取り巻き下ろす。異物感のある温度に包まれてもなお、陰茎は改めてしごく必要がないほどに硬いままだ。
むにりと、クロノの目には待ちわびているように見えるシライのそこに先端をくっつける。コンドームとも自分の手とも異なる温度が、じわりと伝わってくる。
「クロノ」
吐息混じりの呼び声。幾度となく呼ばれてきた名前だったが、クロノは安心感を覚えるよりも底の見えない海にでも引きずり込まれるような気持ちで、シライの体内に自身を埋め込んだ。
「……っ」
一度だけ。片道の、たった一度の刺激が飢えを呼び覚ます。シライの中を、そこで陰茎をしごく快感を知らなかったときよりも、ずっと強い飢餓感だ。
挿入してすぐは動かない。シライの教えを守って腰を止めれば、よくできたとでも言うようにベッドについた手の甲を撫でられる。呼吸を合わせる間、耳の中で「肉がぴったりくっつくまで待って、全部使ってちんこをしごく。その方が気持ちいいだろ?」と、半刻前にシライに囁かれたことが再生される。クロノ、と呼ぶシライの声が、記憶の中と現実、どちらで聞こえているのか分からない。
「もういいぞ」
「うん……っ」
ゆっくりと腰を引く。はち切れそうな幹がずりずりと粘膜に舐められる。
「――ん、そこだ。分かるか? おれのちんこの裏側らへん。余裕ができたらそこら辺に当たるように意識して、まずはおまえが気持ちよくなれるように動け。おまえ、根元より先っぽのが気持ちいいだろ?」
「おじさん、なんで」
確かにそうだが、面と向かって言われると恥ずかしい。クロノが複雑な面持ちでシライを見ると、シライは不思議そうな顔を見せた。なんでこの人はこんな普通の顔ができるんだ。
「なんでって、見てりゃ分かんだろ。というか少数派だろ、根元のが気持ちいいやつは。歳近いやつと猥談とかしねえの?」
「したことない」
クロノは首を振った。年が近いとなるとアカバになるが、そんな話はしたことがない。クロノは陰茎を触ると気持ちいいということすら、シライと話すまで、誰かと共有したことがなかった。本で得た知識と教わった知識。そこに生の感覚は伴わず、自分の中にある感覚は自分だけのものだった。
「まあ、おれもダチと猥談ってのはしたことねぇな」
「おじさんも?」
「おう」
今回に限らず、シライはクロノに誤魔化しを言わない。そのおかげでクロノは知らなければ知らないと素直に言えるし、やったことがなければやったことがないと言える。また、その逆に、知っていれば知っていると言えるし、やったことがあればやったことがあるとも言える。周囲に笑われるかもしれない、と発言や行動を控えることは、巻戻士本部に来てからしなくなっていた。
「先っぽのが気持ちいいやつが多いってのはおれが調べた数だから、統計名乗るにゃサンプル数が到底足りねぇけどな」
クロノが何となくホッとしたところで、シライが気になる発言をする。雑談がてらに聞くのではない調査方法。クロノの知識上はおいそれとするものではない行為を、シライが軽い調子で誘ってきた理由。もう少し踏み込むと嫌な気持ちになりそうな予感。
「ほら動け。おれの顔見てても何にもならねーぞ」
「う、わ」
寝そべったままのシライがぐっとクロノのモノを締め上げる。深く考えようにも、思考は目先の快楽に引っ張られている。
この件は後回しだ、とクロノは自分に言って、シライに教わった通りにまずは自分で腰を振る。普段はしない動きだ。腰だけを動かすというのはなかなかに難しい。それに、シライに顔をじっと見られていると思うと恥ずかしさも募る。
「よし、じょーずじょーず。気持ちいいか?」
「う、うんっ」
「そか、よかった。おれも気持ちいい。我慢する必要ねーぞ。イきたくなったときにイッていい。さっきも言ったけど、おれのことはいい。まずは一つずつ着実にこなすのが結実の秘訣だ。ケツだけに」
出し入れするだけで気持ちいい。自分の手と全く違う、柔らかい肉に包まれている。手のひらの肉ならシライの方が硬くて分厚いのに、今入っている部分は全然違う。こんなに柔らかな部分がシライにあって、そこに触れることを許されている。
ぐぅ、とクロノは声を漏らした。どうやったのか、シライが内側を狭めたのだ。入れかけたところで抜く動きに変えられず、クロノは勢いそのまま中を突き進む。シーツを掴むと同時、シライの膝裏を掴む力を強めてしまい、慌てて緩める。シライは痛いとは言わなかった。
「ごめんっ、おじさん!」
「へーき。抜くなよ。イキそうだからって抜くくらいなら奥に入れろ。入れてりゃ分かるだろうけど入り口が一番締まるし、先っぽ擦られ通しじゃつらいだろ?」
「おじさん、は」
ぐにりとした腹の中。鍛えようのない場所だ。粘膜の傷つきやすさは言うまでもなく、今触れている場所は内臓で、そんな場所を好きにさせるのは辛くないのか。
クロノが頭に浮かぶ数々の心配事を言葉にできないままシライを見つめると、シライはへらりと笑った。
「奥は手前ほど感覚ねえよ。でも全部でおまえとヤッてるって感じてーから奥まで入れられんのも悪くねえの」
手の中にある重みが軽くなる。シライが自分で自分の足を支えたのだ。
「おまえ両腕使える方が楽だろ?」
「別に、平気だ」
「そこは頑張るとこじゃねぇよ。おれを気持ちよくさせんだろ、そっちを頑張れ。足持ち上げてガンガン突くのも一手だけどな。痛ってーってときはちゃんと言うから気にしすぎんな」
手はこの辺につけ、とシライが示した場所に手をついて、思ったより近くなるシライの顔から目を逸らす。にやにやと笑っているのが見なくても分かる。なぜわざわざ快楽に弱い部位で擦らなければならないのか。疑問が浮かぶが、理由は自明だ。自分も一緒に気持ちよくなるためだ。
「く……っ、……っ」
「クロノ、こっち見ろ」
情けない声が出るのが押さえられなくて、シライが呼ぶのに首を振る。けれどもシライを気持ちよくできているかを確かめなければならないことを思い出して、目を開けると、甘いものを目の前にしたような緩んだ目元が目に入った。
「……おじさん、気持ちいい?」
「気持ちいい。……もうちょいこっち来れるか?」
「うわっ」
上腕を掴んで引き上げられる。慌てて体勢を整えようとして、腹の奥側に突き込んでしまったクロノは慌てた。シライが短く息を吐いたのを追って、体を引こうとして、足を腰に絡められる。格闘訓練で固められた経験が脳裏をよぎる。状況を視認して対処しようとするクロノの動きは、シライに顔を掴まれたせいで未遂に終わった。
「んむっ……!」
前触れもなく、のっけから舌を入れるキスをされたのは初めてだった。止まってしまった腰の動きの催促か、シライがしがみつくように尻を押し付けてくる。その読みが合っているのか分からないままクロノは腰を揺らす。ぎゅうぎゅうに締め付けられる根元と、包みこんでくるふわふわと柔らかい内側。同じくらい柔らかくて熱い口腔に舌を吸い上げられて、教わったばかりのシライが気持ちよくなれる場所など頭から抜けてしまう。腰を揺すると気持ちいい。クロノが動く度に、シライの中も喝采するようにうねった。
「……っ、待って、息……っ」
「ふはっ……酸素足りねーの気持ちよくねえ?」
顔を離すと、シライが上気した頬で問いかけてくる。クロノは苦しさと気持ちよさで訳が分からなくなっているのに、一人満足げに瞳をきらきら輝かせるからたちが悪い。顔を顰めるクロノの頭をシライが撫でる。愛撫ではない、犬でも褒めるような手つきだ。
「これくらいで音は上げねーだろ? 肺活量増やすのにメニュー組んでやろうか?」
「そしたら酸欠になれなくなるぞ」
「そしたら息継ぎなしでいっぱいキスしような」
まるで楽しい予定が入ったかのようにシライは笑った。その年齢にそぐわないはしゃいだ様子に、ずっと頭を支配している肉欲とは異なる感情が盛り上がる。
クロノが胸の高鳴りの大本を確かめる前に、シライはクロノの尻を蹴って続きを促した。
- 投稿日:2025年5月11日
- いつかクロノがシライをひぃひぃ言わせる日が来るのかもしれませんが、私はこの教えてあげる調のやつが好きでついここで終わってしまいます。でもたまには逆転を……と思ったけど過程を書くのに私のモチベーションが保てず無理だった断片はこちら。