一蓮托生

 未来に帰っていくクロノたちの背中は、ノイズにかき消されるようにして見えなくなった。
 これを見るのは二度目だな――と、浮かんだ感傷めいたものに追いつかれる前に、シライはゴローを振り返った。
「な、正解だったろ?」
 あの日の三人との再会に特別の感慨を抱いているのはシライだけだ。特にレモンについては知らない顔ではあるまいに、さっさと事後処理の指示を出しに行くつもりだったらしいゴローは、シライの呼びかけに足を止めた。
「落ち着きがなかったのはこのせいか」
「いつもは落ち着いてるみたいに言うじゃねーか」
「自覚があるなら改善しろ」
「クロノの前ではやってる」
 シライの中の三人は、長らく中学時代に出会った姿をしていたが、レモンとの邂逅、アカバの救出を経てクロノと再会した今、クロノと聞いて真っ先に思い浮かぶのは師弟関係を築いている今のクロノだ。まだ子供のクロノは寝る子は育つの格言通りに就寝中で、クロノとクロノが出会うというパラドックスが起きそうな事態は発生していない。
 久しぶりに会う後輩達。クロノについてはスタート地点で発生した負債を払い切れるとは思っていないながら、シライはクロノに対しても頼れる先輩面をしたいのだ。多少の背伸びは承知の上。人を教えることの難しさに、ちょっとくらい新人の面倒を見ておけばよかったと思っても後の祭りだ。
 幸い、クロノはシライの指導についてきてくれている。真っ直ぐな目に見つめられるとき、その隣に立って進むべき道を共に見据えるとき、シライは自分が任務の達成時とは異なる何かで満たされるのを感じている。
 未来を変えることの難しさをシライは知っている。どう動こうと、きっとクロノは立派な巻戻士になる。だからと言って手をこまぬいて時間が経つのを待つ気はない。忘れもしないあの日に宣言した通り、自分が持てる全てを叩き込んでやるつもりだった。
「これで隊長の首に縄ついたな。おれが死ぬときは一緒に頼むぜ」
「……どういう意味だ」
「あいつら今日のために中学生のおれを助けに来たんだ。おれがいないと組織の存続が怪しいってこったろ。隊長がいなくても立ち行かねぇから、一蓮托生、人生を託そうってわけ」
 シライはジャケットの内ポケットにしまったメモを服の上から押さえる。
「この間出先で高校生見たとき、隊長妙な顔してたろ」
 シライが巻戻士になったきっかけはゴローのスカウトだ。シライはレモンのように巻戻士になるために造られたのでも、クロノのように絶対に巻戻士にならなければならない事情があるわけでもない。もちろん、ゴローから説明を受けたシライは文化祭の日に会った三人の正体を知り、巻戻士になりたいと大いに奮い立ったのだが、それでも、クロノが巻戻士を目指した理由ほど切迫してはいなかった。
 巻戻士は状況判断と問題解決のエキスパートだ。ゴローが指示を出さずとも、クロックハンズの襲撃に備えていた面々はそれぞれ事態の収拾のために動き始めている。地面に落ちているザコどもの収容と、既に集まりつつある野次馬への対処。一晩にやるべきことはガレキ以上に山積していて、極秘であるはずの本部の位置がバレていることについては今日中の解明とはいかないだろう。
 リトライアイが壊れた状態でも、やれることはまだまだある。
 シライが思わず笑みをこぼしながらゴローを見上げると、ゴローの目の上の筋肉が露骨に寄る。眉間に皺を寄せるのはゴローの癖のようなもので、機嫌を損ねたとは限らない。シライは出会った当初からゴローの機嫌を気にしたことはなかったが、ゴローの表情の変化を見た他の隊員が、何かまずいことを言ったかと怯える様は散々見ている。何のことはない。怒りも後悔も戸惑いも、同じ顔をするのだ、曲者揃いの隊員を率いるこの男は。
「おかげさまで就活いらずだ。終活はいるかもだけどな」
「……おまえを死なせる気はない。他のやつらも」
 言うが早いか、ゴローは今度こそ踵を返した。そのくせ足早でも何でもなく、全くいつも通りの足取りで、三々五々に動いている一角へと向かっていく。追いつくのは容易だった。ちらりと見上げた顔はやはり不機嫌そうで、そのくせ体のどこにも余計な力が入っていない。眉間もムキムキなんだろうな、とシライは肩を竦めた。
「それならおれたちは隊長が死なねぇよう頑張らねぇと」
「おまえはそろそろ力加減を覚えろ」
「言ったろ、弱いやつが悪いって。直すときはもっと強くしようぜ」

投稿日:2025年8月17日