針小棒大
「待てクロノ、わしはこういうことは軽率にやるべきじゃないと思う」
まさかアカバの口から待てが出るとは思わなかった――と、聞こえるはずのない心の声が聞こえてくるような、たっぷりと驚きを湛えたクロノの瞳が向けられる。居づらさを感じたアカバは口をへの字に曲げながらぐっと顎を引いたが、ここは譲れない、と自らを奮い立たせて背筋を伸ばす。体は資本。自らの肉体の扱いというのは、アカバにとってはもちろん、クロノにとっても大切なことのはずだった。
一目瞭然のワンルームだ。ベッドは常に視界に入っている。クロノと一緒に床に座っているアカバは、目の前のクロノに集中した。
「わしは十六。おまえに至っては十四じゃ。試すのはもう少し後でもいいと思う」
「おれの判断力を疑うのか?」
「おまえの判断なぞ疑わしかったことしかないじゃろうが!」
アカバは本気で分かっていないらしく首をひねったクロノの肩を掴み、額をごちんとぶつける。白目が際立つ目と目がかち合ったが、至近距離での見つめ合いを恥ずかしく思う段階はとうに過ぎている。だからこそ次のステップが目に入り、足を乗せてみようか、という話になったのだ。
アカバとて、興味はある。やってみたくないわけでもない。しかし自分はクロノよりも年上なのだという気負いが、クロノよりも先を行きたいという気持ちにブレーキを掛けた。
「前回の任務の巻き戻し回数、まだ覚えとるじゃろ。言え」
「687回だ!」
「得意げにする数じゃないじゃろ!」
アカバがクロノの巻き戻し回数を知っているのらはクロノが「今回は少なかったぞ」と珍しく得意そうに言ってきたからで、その時も「十分多いわ」とツッコミを入れた。任務の内容を詳しく聞くまでもない。コップが倒れただの何だのと、些細なことで巻き戻し続けたに決まっている。アカバはクロノの諦めの悪さと頑固さに救われた過去にまで思いを馳せそうになり、掴み寄せていたクロノの肩を突き放した。
「その『まずは試してみよう』というのをやめんか。巻き戻しはできんのじゃぞ」
「巻き戻しはできなくても、再挑戦はできるだろ」
クロノの言葉は揚げ足取りではなく、ただ思っていることを述べたという風だった。分かっていても苛立ってしまったアカバは、ゆっくりと息を吸う。喧嘩をしたいわけではなかった。
「クロ――」
「おれは後悔したことがないわけじゃない」
クロノはアカバの腰の横に手をついた。真っ直ぐに見つめてくる目には嫌と言うほど覚えがある。クロノに距離を詰められたアカバは、らしくないこと自覚しながら退路を探った。逢瀬がクロノの部屋になったのはたまたまだったが、追い出すよりも帰る方が楽だから、幸いと言えた。
「後悔をそのままにしたことはない。一度失敗したって行動次第で変えられるって、アカバだって知ってるだろ」
アカバの動きを意識してか、アカバの体に触れることはないまま、クロノの腕にわずかに力が籠もる。
「おれはアカバとしたい。後悔することになってもいいから、やってみたい」
このまま踏ん張っていてはくっついてしまう。アカバが山道で対峙した野生動物と睨み合いをするような気持ちで腹に力を込めれば、クロノはそれ以上距離を詰めてはこなかった。
「最後にはしてよかったって思わせるから、キスさせてくれ」
- 投稿日:2025年9月29日