秘密基地
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
ジーノはモニカの横顔から滲み出している嘆きの声に気付かなかったふりをして、できるだけいつもと同じ調子で近寄った。「ほらよ」と差し出したマグを受け取るモニカがきちんと礼を言い、微笑みすら見せたのは年上の矜持のなせる技だろうか。
「……あったかい」
「インスタントしかなくて悪いな」
「ううん、十分おいしいわ」
いつもならば「こんなので満足されちゃ困る」とでも軽口を叩くところだったが、ジーノは思いとどまった。砂糖一つとミルクも少し。ここには生憎とクリーマーしかなかったが、それでもモニカの好みの味に仕上がっているはずだった。ブラックか、それとも喉が焼けそうなほどに砂糖を入れるか。リーダーはとにかく極端な飲み方をしていたな、と思い出す。その光景を見たのは遠い昔ではなく、今週のことだ。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
それはジーノも思うところだった。
状況確認のためにフェザー本部に戻ろうとするモニカを引き止めて、自分が別宅として使っている部屋に案内した。フェザーの管理下にない場所だ。モニカに仔細を問われるかと思ったが、憔悴しきっている彼女は何も聞かなかった。途中で通信機の電波を妨害することは忘れなかったが、近いうちに引き払ったほうがいいだろう。この部屋を借りたのは単に趣味を楽しむためだったが、今日以前に突き止められている可能性は十分あった。
誰が味方で誰が敵かが分からない以上、モニカをフェザー本部に戻すのは自分が戻るよりもずっと危険だ。無能力者で、自衛手段以上の戦闘能力も持たないというのに、あまりにも内情を知りすぎている。
リーダーとGVの間に何が起きたのだろう。ジーノは何度も考えていることの上辺をなぞる。どちらかが裏切ったのか、それともどちらもか。順当に考えるのならばフェザーそのものと言ってもいいアシモフに理があるはずだったが、GVと過ごした日々を顧みると、まさかという思いがこみ上げる。ジーノはぐっと眉間に力を入れた。
モニカは何も聞かない。この部屋が何なのかはもちろん、なぜジーノが、アシモフの真似をしてブラックばかり飲んでいたモニカのコーヒーの好みを知っているのかも。
リーダーばかり見ていたから知らないだろうな……と思いながら、ジーノは客観的に見すぎている自分をひっそりと笑った。
結構参っちゃってるのかね、俺も。
もしもっとまともな状況なら、失恋した隙に付け込むのは卑怯だなんて考えただろうに、頭にあるのは今下手なことを言って距離を取られて、さらには本部に戻られるのは危険だという判断だけだった。
泣いちまえばいいのに。
硬い表情で、自分と同じように思考の隙間を埋めるために考えごとをしているのだろうモニカを見てから、ジーノは天井を仰ぎ見た。
- 投稿日:2016年1月11日