へそくりウォーズのポセイドンカラ松×ハデス一松です。

ポセハデ

「重くないか?」
「いいや、全然」
 おそ松の視線が肩に担いだちゃぶ台に向かっていることに気づいて、カラ松は軽さをアピールするつもりでちゃぶ台をひょいと掲げてみせた。冥界の客とならないために、くつろぐために必要な道具は全て持ち込む。落ち合う場所はケルベロスがいるよりも手前の地上側。他の神々との取り決めをくぐり抜けるための詭弁でしかなかったが、それが功を奏したのか、今日まで問題にする声は上がっていない。眉を下げた呆れ顔を作ったおそ松は、やっていられないとばかりに頭の後ろで手を組んだ。
「わざわざ引っ提げてこなくともお前の力なら送れるだろうに、律儀だなぁ」
「他の神の気配をさせれば冥界はいやでもざわつく。俺はあまり一松を煩わせたくないんだ」
「はいはい。熱心なのはいいけどさ、冥界ばっかじゃなくお前のとこの連中も構ってやれよ? 俺は何とかしてくれって泣きつかれるのはごめんだからね?」
「誰もお前には言わないと思うが」
 おそ松の自由奔放さはカラ松の行いが霞むほどで、下手に助けを求めて首を突っ込ませれば事態の悪化は免れない。真に事態を回収しようとする者ならば、まず声をかけないだろう。カラ松の指摘が聞こえていたのかいないのか、一歩先を進むおそ松は、ようよう手のひらほどの大きさになった地上の光を仰ぎ見ている。
「一松はさぁ、コレーの……ペルセポネーのことまだ気にしてると思うか?」
 地上に出るまでは振り返ってはならない。冥界に連れ戻されてしまうから。お互いの顔を見ることができないこのタイミングでおそ松が切り出したのは、果たして偶然だろうか。
「あいつのことだから悪気があったんじゃないだろ。めったに外に出ないくせに外に出て、何の因果かカワイ子ちゃんに出会って、猫に餌やりながらお腹すいたねーなんて言われたら動転して持ってたニボシくらい渡すって。彼女が冗談分かる子で食べちゃった。きっとそれだけだよ」
 あの時のことを一松は語らない。一松がより内に篭もるようになったきっかけの事件の真相は、カラ松とて気にならないではなかったが、今さら聞くのは過去の恋人に嫉妬するようで情けないと思い、聞けないでいる。つらつらと述べられたおそ松の推察は、なるほど納得のできるものだ。
「ペルセポネーの件がなければ、一松は俺達と食事していたと思うか?」
「それはないでしょ。上でやる宴席にはめったに出てこないし、ペルセポネーのこと起きようが起きまいが、俺達はあいつの飯は食えないんだから」
 ペルセポネーの前例があって以降、一松の警戒ぶりはかなりのものだ。揃いも揃って適当な神々で決めた「冥界のもの」という曖昧すぎる線引きのおかげで、どこからが冥界のものなのかが分からず、持ち込みの茶の一杯すら口にできない有様だ。
 もしも前例がなければ、一松の警戒がまだ緩いものであったのなら、一松と一年のすべてを共に過ごす権利が得られたのだろうか。ペルセポネーのように、一松の胸に抜けることのない楔を打ち込むことができたのだろうか。彼女の話をするときの一松の表情は、カラ松が知るどの表情よりも感情が篭ったものだった。
 振り返ることが許されなくても、部屋を後にするカラ松の背中を見送る一松がどういう顔をしているかくらい、手に取るように分かっている。あんな顔をさせたくないという思いは、一松の気持ちを汲んでやりたいという思いと同じくらい強い、カラ松の望みだった。

投稿日:2016年11月5日