ポッキーの日
「一松兄さんもいい加減に受け取ってあげたらいいのに」
期間限定を謳う妙にきらびやかなポッキーのパッケージを開けながらトド松は言った。取り出した一本をちらとだけ見てポキリと噛み折り、ふーん、と言いながら大したことは書いていないだろうパッケージ裏を眺めている。写真はいいのかと聞くと「これ発売自体は結構前なんだよね」と返された。
「いくらカラ松兄さんがスーパーの菓子コーナーで働いてるからって、そんなしょっちゅうサンプルがもらえるわけないでしょ。しかもバイトだよ?」
ボクはタダで食べられるからいいけどさ、というのは本音だろう。別段嬉しくもなさそうな顔の割にポッキーはすでに二本目だ。
カラ松が、いらなければトド松にでもやってくれと言いながら菓子を渡してくるのはバイトを始めた今に始まったことではない。元から二人は仲がいいのだ。パチンコで勝った端数を換えたのだろう菓子類は、だいたい末弟にあてがわれた。最近一松を経由するのは、トド松に直接渡すと今のように新製品じゃないだとか何だとか言われるからだろう。
「聞いてる?」
「ごめん」
明らかに機嫌の悪い声をぶつけられ、一松は反射的に謝った。突きつけられたポッキーはトド松の服と同じピンク色だ。白い模様と赤の粒々したものが見える。
「ヘーイ、マイブラザー」
狙っていたようなタイミングで障子を開けたカラ松は、サングラスを外しかけた姿勢で固まった。
「……ふっ、天使達の戯れを邪魔したようだな」
サングラスをかけ直し、そのまま障子を閉める。カラ松の足音が遠ざかっていく。なんだったんだ、と一松は猫がしゃべったのを聞いたような顔で障子を見つめる。
「ほらー! 嫌な勘違いされた!」
「ななな、なに」
「一松兄さんがトロいからだよ!」
呆然としていた一松は、怒れるトド松に胸ぐらを掴まれて慌てた。トド松が怒るポイントはいつも分からない。
「早く追いかけて! ボク兄弟でそんなの嫌だからね! カラ松兄さんは自分がそうだからって皆そうだと思ってるんだよ最悪!」
叫び声でまくし立てられ、ポッキーの箱を押し付けられる。部屋から蹴り出されてから確認した箱には小袋が一袋入ったままだ。二袋入りのうちの一袋。これはかなり貴重なものだ。
明らかな異変を感じたもののトド松が一人で喚いている部屋に戻る勇気もなく、二階に上がった一松は窓の桟に寄りかかるカラ松の背中を見た。たそがれているところ悪いが今は真っ昼間だ。
「……これ」
これ以上面倒が起きないことを祈りながらカラ松の肘の脇にポッキーの箱を置く。
「お前は食わないのか」
「トド松がお前に」
「甘いものは嫌いだったか?」
自分の意見を言うときは押し付けがましいほどに自信満々なくせに、他人の意見を聞くときには下から伺うような目をする。カラ松のそういうところが癪に障ると一松は思っている。
「別に」
「じゃあ、半分こだ」
言うが早いか小袋を開けてポッキー二本を取り出したカラ松は、残りを袋ごと一松に寄越した。煙草でも吸うような仕草でポッキーを咥えるが、カラ松は煙草を吸わない。中学の頃に松造の煙草を吸って盛大にむせて以来手を出していなかった。松代にひどく叱られたことも関係あるかもしれなかった。昨今の時勢に従い松造が煙草をやめてから、表向き松野家に喫煙者はいないことになっている。
一松は全くサマになっていないカラ松を見なかったことにして、自分もポッキーを咥えた。期間限定ということで少し豪華なコーティングがなされたポッキーは、記憶にあるものより低い音で折れた。
さっきトド松はなんて言ってたっけ。咀嚼しながら見上げた空は、雲ひとつない青空だった。
- 投稿日:2017年11月13日