いねむり
長く伸び始めた影を踏みながら、めいめいに散っていた雑兵達が各々の宿舎へと帰り始める。
双児宮に戻る道すがら、思いもよらない場所から知った小宇宙を感じたサガは、通り過ぎたばかりの木立を振り返った。開けた場所ではないから通常の鍛錬には向かないし、見通しの悪い場所での戦闘を想定した訓練をするにしても規模が小さすぎるそこは、十二宮が近いという理由も加わって、何かの折に入る者があっても長くは留まらないのが常だった。
(なぜこんな場所に?)
十歩と歩かないうちに、木の幹を背にすやすやと安らかな寝息を立てる星矢を発見して、サガは首を傾げた。両足を地面に投げ出した星矢の服装は至って軽装で、脇に置いた聖衣箱のベルトに手を触れさせていることを警戒と言えるかは怪しい。あまりに穏やかなその様子に、起こすべきか迷いつつ身を屈めたところで、星矢がうっすらと目を開けた。
「あぇ……あ!?」
「やあ、起きたか」
「サ、サガ? 何でこんなところに!?」
星矢は驚きに目を丸くした。
「こんなところにお前の小宇宙を感じたからだ。なぜこんな場所にいるんだ?」
星矢の問いに答えたサガが同じ問いを返すと、星矢は目をぱちりと瞬かせて首を捻った。眠気と同時に寝入る前の記憶も吹き飛んだらしい。
「サガに会いに行ったら留守にしてて、でも今日帰るって聞いたから……待ち伏せ?」
話しているうちに目的の人物がそこにいることに気付いたらしく、星矢は破顔した。
「作戦成功だな!」
「眠っていたのでは失敗だろう」
「へへ、やっぱりダメか」
尻を払って立ち上がった星矢は弁明めいた口調で言った。
「俺、寝過ごすのって久しぶりなんだぜ。聖闘士になる前、ちょっと休憩するつもりがうっかり寝ちまって、晩飯の時間に遅れて飯抜きになりかけるわ、翌日風邪ひくわで散々だったことがあるからさ」
「そのおかげで寝過ごさなくなったのなら、起こさなかった魔鈴の判断は正しかったということだな」
「えっ、魔鈴さん俺が寝てるの知ってたのかよ!?」
「ん? 違うのか?」
「いや、確かあの時、魔鈴さんは『逃げたのかと思った』って言ってたぜ」
「彼女ならお前を探しに行くだろうし、仮に本当に逃げたと思っていたとしても、処罰を受けさせるために連れ戻しに向かったはずだ。どのみち寝ているところは見ているだろう」
「うわー、それなら起こしてくれたっていいのによー」
過去に不満を垂れる星矢を見ながらサガは苦笑した。真相は分からないが、寝ている子を起こすのはなかなか躊躇われることだと、見たばかりの星矢の寝顔を思い返す。
「さあ、そろそろ戻ろう。せっかくの教えを無駄にしてはいけない」
芯まで冷えてはいないだろうが、触れた肩はひんやりと冷たかった。双児宮に着いたら何か温かいものを飲ませてやろうと思いながら、サガは星矢をマントに包んだ。
- 投稿日:2014年12月13日