サガの手品教室

 星矢の質問に対して、サガは「そうだな……」と席を立つと、棚から取り出したコインを手に戻ってきた。再び椅子に座り、星矢と目を合わせる。
「見えたままを答えてくれ」
 サガはコインを親指で弾いて宙に浮かせると、左右の手で掠めるようにしてコインを取った。胸の前で握られた両の拳の、左右どちらにコインが入っているかを当てろという意味だと察して、星矢は自分から見て左の拳を指差した。
 サガが開いた手にはコインが乗っていた。今は見ない古い意匠のものだ。
「正解だ。では」
 もう一度繰り返された同じ動きに、星矢は顔を歪めた。
「ひっかけだろ」
 サガは苦笑する。
「ああ。だが、見えたままを答えてくれ」
 星矢は先ほどと同じ方を指す。
 サガが開いて見せた右手には何もなく、遅れて開いた左手にはコインが乗っていた。
「分かっててもしゃくだぜ……」
 ふてくされた顔でコインを睨みつける星矢から、サガは自分の手へと視線を移した。
「星矢、私の右手をもう少ししっかり見てくれ」
 星矢が促されるままにサガの右手を見ると、瞬きした次の瞬間には、コインは元々そこにあったような顔でサガの右手に乗っていた。星矢は眉を寄せて数度瞬いてから、サガの顔を見る。
「これがお前が聞いた『幻覚を見せる方法』だ。存在するものを元にして創りだす、という形式だな。人によって違うだろうが、私はこのやり方を基本としている」
「どっちが正解だよ?」
「触ってみるか?」
 サガは空になっている左手を星矢の目の前に差し出した。
「それで分かる?」
「いいや。お前が見えているままの感触がするだろうな」
 カチリと音を立ててコインが机に置かれる。サガは両手を組んで星矢を見た。
「私は二回とも右手で取っていた。どちらも正答だった、おめでとう星矢」
「ちっとも嬉しくないぜ」
 頭の後ろで手を組んで、星矢は口を尖らせた。
「……これってサガは普段使ってる?」
「応用したものを迎撃に使ったことはあるが……日常的に使える技ではないだろう?」
 サガの返しに星矢はますます口を尖らせて言いよどんだ。あー、とか、うー、とかいう意味をなさない呻き声を漏らして、上目遣いにサガを見る。
「例えばその……俺がサガに……キス、したとして、それが幻覚だったってことはある?」
「ないな。私に何のメリットもないだろう」
 サガが何を聞くのだとばかりに呆れた顔をすると、星矢は数度頷いた。
「じゃあいいんだ」
 星矢は照れを誤魔化すように立ち上がると、いくらか落ち着かない瞳でサガを見た。
「練習したら俺もできるようになるかな?」
「こればかりは向き不向きがあるからな。お前は向いていないだろう」
「あっさり言うんだな」
「変に期待を持たせて時間を無駄にさせるよりはいい。それに出来たとしても、お前の戦い方では使い道がない」
 サガは組んでいた手を解くと机に触れた。
「そろそろ休憩も終わりだ。アイオロスが戻るまでに仕上げるのだろう?」
 伏せられた教本を目で示すと、嫌そうな顔をする星矢を視界から外して、サガは再びペンを手に取った。

投稿日:2015年1月6日