青の道標
『ジルウェさん、戻ってください!』
				「まだだ、まだイレギュラーどもが残ってる!」
				『ジルウェさん!』
				「ジルウェ!」
				 通信機越しではない呼びかけ。目標だったイレギュラーが一体、三発の砲弾を立て続けに受けてよろめき崩れる。意識を後ろに振りつつも、セイバーを構えて前を見据えるジルウェの元に、大きな兵装を背負ったセードルが駆けつける。
				「聞こえてるだろう! 撤退だ! 民間人の収容は済んでる!」
				「だが」
				「フルーブは今司令官代理だ。プレリー様の命令だぞ」
				「……」
				 ジルウェが返す言葉に詰まった時、
				『前線を下げます。ジルウェさん、セードルさん、トラックが退避しきるまでそこを守ってください』
				 セードルと示し合わせていたのか、沈黙に滑り込ませる形でフルーブが言った。
				「……町を放棄するのか」
				『……』
				 応答しないフルーブにジルウェが言葉を重ねようとした時、セードルはジルウェの両肩を掴んだ。
				「頼むよジルウェ、アタシ達にとってアンタが頼りなんだ」
				
				
				
「……それは、お役御免ということですか」
				「違うわ」
				 子供を預かって欲しい。それに対するジルウェ返答に、プレリーは沈痛な面持ちで首を振った。プレリーの後ろのモニターには、遊園地にイレギュラーが発生したというニュース記事が表示されている。重ねる形で出ているのは幼児と言っていいような子供の写真だ。
				「この子もライブメタルの適合者かもしれないの。いつかの日のために、あなたにお願いしたい」
				 口では『お願い』と言っているが決定事項らしいことを察して、ジルウェは黙り込んだ。少女にしか見えない司令官が、芯の強い、先を見る能力があるヒトだということは分かっている。自分がガーディアンの他に行く宛てがないことも分かっているし、プレリーがそれを弱みとして見て言っているわけではないということも分かっている。ここでゴネるのは子供が駄々をこねているにすぎないのだ。
				「ガーディアンの戦いはイレギュラー発生の原因を突き止めヒトビトを守ることであって、倒すことそのものではないわ」
				 膝の上で組んだ両手を握り締め、プレリーは言い切った。
				
				
				 医務室のベッドの上で、目当ての子供は体を丸めて眠っていた。頬には涙の跡がある。Tシャツの肩にはハンペンのようなキャラクターが緑の鋭角を天に向かって突き上げている絵が描かれている。
				 なんだこのシャツ。
				 子供を見下ろしながら棒立ちしているジルウェの元に、ミュゲがバックパックを持ってやってくる。
				「それじゃあ頼んだよ」
				 渡されたバックパックを背負うと、心の準備をする間もなく、まるで荷物と同じ気軽さで子供を抱かされる。軟らかくて熱い塊は、見た目よりも重い。
				「え、ちょっと待ってください」
				「あっはっは、似合ってるよ」
				 抱き直す方法も分からず戸惑うジルウェの肩を、ミュゲは軽く叩いた。
				
				
				
「誰」
				 歩いているうちに目を覚ました子供は、怯えと警戒を含んだ目でジルウェを見た。誰も説明していないのか? と焦りながら、ジルウェはひとまず子供を下ろす。拠点にしているガレージまではもう少し歩かなければならない。とはいえ後五分もかからないだけに、子供が目を覚ましたのは運の悪いタイミングと言えた。
				「あのな、」
				「母さんが知らない人について行っちゃいけないって」
				 言いながら母親が死んだことを思い出したのだろう。ぐしゃりと顔を歪めた子供が泣き出すのに時間はかからなかった。母親が死んだということをどう伝えるべきか、という考えは杞憂だったようだ。
				 ジルウェは地面に膝をつき、子供の手を取った。握り返さない代わりに振り払おうともしないところに、寄る辺のない子供の心が見えた気がした。
				 涙を零しながらもじっと見つめてくる丸い瞳は、大人に守られることを知っている。ジルウェはガーディアンの救護班が怪我人に対する時の様子を思い浮かべながら、努めて笑おうとした。
				「俺の名前はジルウェ。これで知らない人じゃなくなっただろう?」
後日談:うたた寝
 目を覚ましたジルウェは自身に掛けられていた毛布を見て、状況を把握した。
				 レプリロイドは余程の低温でない限り、裸で寝ていたとしても体に変調をきたすことはない。ましてや「風邪をひく」ことなどあるはずがなかった。誰が何のためになどと考えるまでもない。ヴァンかエールのどちらか、もしくはその両方だろう。
				 後で教えてやらねば。自分が人間と暮らすことが初めてであるように、彼らもまたレプリロイドと初めて暮らすに違いなかった。ソファから身を起こしたジルウェは毛布を軽く畳むと、二人と暮らし始めてから癖づけた、行動を決めるために時刻を確認するということをした。
				 時計の針は、おやつの時間を過ぎたところを指していた。
				「……驚いたな」
				 起こしに来なかったのか、それとも催促に来て眠っているところを見つけたのだろうか。自身の名前をいたずらに呼びながら現れた二人が、どちらからともなく人差し指を口の前に当てる姿を思い浮かべる。まだ一年と少ししか経っていないのに、二人の行動は想像に難くない。
				 探しに行って、謝らなくてはなるまい。
				 今から菓子を与えることはできないが、夕食にはデザートをつけてやろうか。
				 二人がいそうな場所を思い描きながら、ジルウェはソファから立ち上がった。
- 投稿日:2017年7月30日
 - 優しいお兄さんになる前のジルウェというのもいいなぁと思って書きました。
 - 更新日:2023年3月12日
 - HTMLサイトに移行しがてら近い世界線を後日談としてまとめました。救出したのは一人なのに二人に増えてることについては脳内で補完お願いします!